第100話 惜別
武具屋から外に出てみると、夕日がほぼ落ちかけており、もうすぐ夜が始まろうとしている。空が薄暗くなった結の町の民家や店には、超速子を利用した明かりが灯され、穏やかに吹く夜の潮風と共に、町の風情を醸し出していた。
「長いこと泊めて頂き、お世話になりました。何も礼を返せていないのが心残りですが、必ず恩返しに、またここに来ます」
「いやいや、いいんだよ善兵衛。お前がいてくれて楽しかった。それに礼のことなら、うちの売り物の武具に、役に立つ細工や整備を施して十二分に返してくれた。何も気にすることなく、また顔を見せに来てくれるだけでいい」
この武具屋の店主といい、竜次たちを泊めてくれた宿屋の主人といい、結の町の商人は人徳と胆力があり、物事の本質をわきまえている者が多いようだ。縁の国第2の都市として、町が発展している大きな理由の一つかもしれない。甲冑職人善兵衛は、店主から受けた大恩に対し、心から深く頭を下げ礼を示した。
「さて、別れの時間か。あなた方が結の町を去ると思うと、寂しくなるな。とはいえ、咲夜様を始め、皆は御館様と若様を支えなければならぬ。まあ、また近いうちに会うだろう。仁王島のこともあるしな」
「与一、あなたには何から何まで世話になりました。仁王島のことも含め、父上によく伝えておきます。引き続き結の町を統治し、守って下さい。あなたが頼りです」
結の町を去る竜次たちに、別れの挨拶を与一は述べた。その惜別の言葉を受けて、縁の国の姫、咲夜は、最高の感謝を彼に示す。与一は直ぐ様、かしこまって頭を下げ、
「承りました。必ず守り抜きます」
と、極めて短いながらも、心強い忠誠心と決意を咲夜に表した。
「喋ることは喋ったね。じゃあ、縮地で連理の都に帰るよ。私の周りに集まりな」
呼びかけ通り、善兵衛含む竜次たち皆は、仙の周りに集まった。九尾の女狐は縮地を使うため、膨大な霊力を放出し青く輝いたかと思うと、次の瞬間、青い球体が、帰る皆をすっぽり包み、結の町から連理の都へ瞬間転移し、呆気なく去って行った。手を振って見送っていた与一と武具屋の店主は、あまりのことに呆然としている。
「いや、与一様。本当にあのような法術があったのですなあ。驚きました」
「うむ。仙殿と言われたか。とてつもない法術使いであるな。味方で良かったと心底思う」
しばらくして我に返った与一と武具屋の店主は、縮地の法術で誰もいなくなった眼の前の空間を、まだ信じられないように見続けていた。