【Make up mind②(決心)】
店を出て、また車に乗った。
「寮に戻る時間だが……」
確かに今直ぐ寮に向かうと門限には間に合う。
しかし俺の心に火を付けておいて、今更それを聞いてくるとは呆れたものだ。
「どうせ居場所のなくなる事の決まった身だ。今更門限も無いだろう」
「じゃあこれから、どうする……」
ハンスは俺の気持ちに気付いている。
ここへ入る前、女心に身を焦がしていた気持ちと、敵の情報を整理して2週間のうちに自分たちの進路を決めなければならないと思った俺の気持ち。
二つの気持ちに気付いておきながら、俺がその二つのうちどちらに決めたのかには気付かず、迷っている所が可愛い。
このまま人気のない森の中で車を止めてと頼めば、ハンスは屹度それに応えてくれるだろう。
だが、俺の気持ちは、そっちじゃない。
俺には仲間を守らなければいけない使命がある。
それに何よりも、こんな素晴らしい仲間たちと別れたくはない。
「空港にやってくれ」
「空港?どこの?」
「シャルル・ドゴール」
「チケットならネットでも帰るぞ」
「ネットでは買わない、直接カウンターで買う」
「用心深い奴だ」
「いや、用心深いわけではない。せっかちなだけだ」
「せっかち? お前まさか!」
急にハンスが慌てた。
「そう。このまま旅立つ」
「どこへ?」
「日本」
「休暇は出すと言ったが、フリーじゃないぞ」
「今、上司に言った」
「まったく、お前って奴は……しかし何故日本に行こうと思う?日本に何がある?」
「分からない。何も確かな当てはない。ただ確かなのはサオリの住所だけ」
「会える見込みは」
「ない。この住所が本物か偽物なのかも分からない。ただ4年前、赤十字難民キャンプで渡されたパスポートに書かれているだけの物だ」
「無茶な」
「無茶は承知だ。それに無茶をしないと相手には太刀打ちできないだろ。特に今回の様な得体の知れない相手には」
「もしサオリと会えれば何かが変わるのか?」
「ハッキリとは分からないが、おそらく劇的に変わる」
「わかった、では行け。あとの事は俺が何とかしておく」
「頼む……」
この土壇場になって、急に気持ちが緩んでしまう。
気持ちの半分はまだパリを離れたくはなかった。
2週間の休暇の間に、エマとゆっくり遊びたかったし、皆とも……それにハンスとも。
ただし、その楽しい時間は2週間を過ぎると、途端に崩れてしまう。
だから俺は旅立つ。
サオリと会える確証はない。
ただ自分の勘を信じて。
ザリバン高原の戦いの後、夢の中でサオリが言った「困った時は、日本に来なさい」と。
それを信じて、俺は飛行機に乗った。
この時間にはもう直行便はない。
俺が乗ったのはエールフランスではなくてルフトハンザ。
席はエコノミー。
4人掛けの中央座席の通路寄り。
シャルル・ドゴールを出ると直ぐにフランクフルトに寄り、それから羽田に向かう。
フランクフルトに着くと、それまでまばらだった席が見事に埋まった。
その中には日本人のツアー客が多くいて、俺の座席の周りは日本人ツアー客に囲まれてしまった。
飛行機が空港を飛び立つと直ぐにCAが機内食のリクエストを聞きに来た。
正直、今は食べたくなかったのでリクエストを辞退した。
斜め前の窓側の席にカップルが居た。
通路側に座る男性の後ろ姿が、ほんの少しだけハンスに似ていて、無理やりにでも連れてくれば良かったと後悔した。
恐らく、俺が一緒に付いて来るように頼めばハンスは怒りながらでも、それに従ってくれたはず。
何故か、そんな自信があった。