【Hans, restaurant and disturbing shadow②(ハンスとレストランと邪魔な影)】
デザートを食べ終えた時、ハンスは珍しくお酒を選んだ。
頼んだのは『エル・ディアブロ』
テキーラがベースの、余りポピュラーではないカクテル。
ハンスが飲むのならと、俺もスティンガーを頼んだ。
「チョットお化粧を直してくるね」
そう言って席を立つと、ハンスがグラスを持ち上げた。
フッ。
その仕草が可愛くて、今日初めて心から笑顔を向ける事が出来た。
『エル・ディアブロ』のカクテル言葉は『気を付けて』
まさかハンスがカクテル言葉を知っているとは思わなかった。
俺が化粧室に入ると、後を追う様に二人来た。
2人共女性に見えるが、1人は女装した男性。
どちらも俺たちより後に店に入って来た客。
つけて来たに違いない。
2人は化粧室に入って来ると鏡の前に立つ俺を挟むように立ち、ハンドバッグからナイフを抜いて襲ってきた。
レストランの化粧室にしては広いがデパートや映画館の様には広くはなく、蹴り技はほぼ使えないし投げ技を放てば色々と装飾品を壊す恐れがある。
折角ハンスと食事に来たのに血は似合わない。
俺は右に居た女装の男のナイフを持つ手を左手で掴み、左に居た女のナイフを持つ手を右手で掴み、交差した自分の腕を開く様にしながら後ろに身を引くと、俺の思惑通りに2人は鉢合わせするようにぶつかって手に持ったナイフを落とした。
直ぐに勢いよく離した体を、まるで伸ばしたバネが反動で縮むように元居た位置に戻し、そのついでに右の女装野郎には金的を、左の女には胸にエルボーをお見舞いする。
股間を押さえて前のめりになる女装野郎には、おまけでもう一発膝で顎を蹴り上げると、力なくその場に尻もちをついた。
その間に、女の方がバッグに手を伸ばしていたので、その手を押さえる。
手の先には思った通り、硬い塊があった。
女の手から奪ったその塊は、ライフカード 22LR。
アルミ製の22口径、本体重量約200gの、カードサイズの折り畳み式拳銃。
いくらカードサイズだといっても、こんな所で出して良い代物ではない。
女の顔に痣を作るのは忍びないが、カードは支払いの時にだけ使うもの。
だから罰として取り上げた拳銃を握ったままの手で顔を殴り、気を失った二人が身に付けていた服やベルトで縛り上げ、そのまま化粧室の清掃用具入れに押し込んだ。
「おかえり。どうだった?」
「女からライフカード 22LRとナイフ、女装した男の方はナイフだけ。2人とも清掃用具入れに押し込んで来た」
「他にも居そうだな」
「折角、思い出のレストランだ。これ以上迷惑を掛ける訳にもいくまい」
「場所を変えるか」
「ああ」
***
勘定を済ませて、車に戻る。
「ところで車は大丈夫なのか?」
後をつけられた以上、追跡者はハンスの車の事も知っている。
本当に俺たちを殺す気なら、車に爆弾を仕掛けておくことだって考えられるし、普通なら姿を晒さずに済むそっちの方が常道だろう。
「大丈夫だ」
そう言うとハンスはポケットからスマートフォンを取り出してみせた。
それはハンスの車に設置された4台のドライブレコーダーの画面を一括管理してある画面。
4画面に分割された映像はモーションキャプチャー機能(動きのある被写体を感知する機能)があって、走行中以外はここ数日この車に近付いた人間がハンスと俺以外に居ないことを記録していた。
***
車に乗り込んで、郊外に向かう。
「つけられたな」
「ああ。部隊内にも内通者が居るって事だ」
「面倒だな」
「ああ」
お互いに、ぶっきらぼうな会話だが楽しかった。
「飲みなおす?」
「いいのか?」
「まだ大丈夫」
フランスでは食事の際にワインが日常的に飲まれるため、飲酒運転の基準は緩い。
アルコールの血中濃度が0.5mg/ml未満なら、お咎めはない。
食事と合わせて飲む場合、ハンスなら約5杯。
俺でも2杯半はお酒が飲める計算になる。
(※日本の場合は0.3mg/ml未満までとなる。日本人の場合は古くから水が飲料として飲めたので体質的に体内でのアルコール分解速度は遅く、少量のアルコールでも分解しきれずに血中に回ることが殆どなので、先ず少量でも飲酒してしまえば基準値を超えてしまいます。欧州人の場合は飲料水となるはずの地下水や川の水が飲むことが出来なかったため、近年まで水替わりにワインなどを飲んでいたので、体質的にアルコールの影響を受けにくいため基準値が甘くなっています)




