【In search of hope.②(希望を求めて)】
ゴードンたちの米軍、LéMAT、そしてヤザ達洞窟の仲間のおかげで、あっと言う間に難局を乗り切る事が出来た。
この中のどれが欠けても、この様に旨く行かない。
ゴードンたちが居なければ、後方支援の部隊が押し寄せて来て、戦闘は長引いただろう。
LéMATが居なければ、折角敵の動きを止める事に成功したとしても、敵が素直に武装解除に同意せずに散らばってしまえば収拾を付けるのに苦労した事だろう。
最も大きいのは、やはりヤザをはじめとする洞窟の仲間の手助け。
これが無ければ、俺はトーニを守るために狂ったように敵を撃ち続ける必要があり、多くの命が失われる事によりミランも心を開いてはくれなかっただろう。
やはりLéMAT来ると賑やかになる。
大規模な戦闘が終わったと言う安心感もあり、ザリバン兵までもが生き生きとしている。
栄養事情も一変した。
働き盛りの彼らは平時では食う事に命を掛けていると言っていい。
兎に角、食べるために労力は惜しまない。
その中でもキースの存在は大きい。
彼はここに来るときに自分のWR450Rも一緒に空輸して来た。
このバイク自体も高性能なのは確かだが、それにキースのテクニックが加わると、彼は一度もバイクから降りることなくこの尾根の頂上まで上がってきてしまった。
彼が未だ普通科に居た時に、前線に突出した我々LéMATへの補給をしてもらったが、まさに彼は物資輸送のスペシャリストだ。
その夜、久し振りに皆で洞窟を出て、外で火を囲んで晩飯を摂った。
つい2ヶ月ほど前には、この奥にあるザリバン高原でお互いに命を削り合った敵同士とは思えないほど“平和”と言う効果のおかげで和気あいあいで楽しい食事会。
「ミラン、大丈夫そうね」
「そうなの?……それは良かったわ」
「あれ、サオリは合って話していないの?」
「なんで?」
特に嫌な顔をする訳でもなく、サオリが聞き返す。
「だって、付き合っていたでしょ?」
「あっ、昔ね」
気が付いたようにサオリが笑った。
「ナトちゃんは、男社会に居るから気が付きにくいかも知れないけれど、女性は男性と違って過去の異性には余り囚われないのよ」
ビールを片手にエマが隣に来た。
「本当? エマが言うと信ぴょう性がないよ」
「なんで?」
「だって、エマはいつも過去に付き合った男性に合ってみたいって言っているじゃないの」
「う~ん、そ、それは性格と言うよりも、少し肉体的な面の“性々格”の問題が……(汗)でも見てごらんお義父さんを」
エマに言われて視線を向けると、そこにはレイラととても楽しそうに話をするヤザの姿があった。
「大体の男性は、別れたり死別したりした女性の事が忘れられないのよ。だから知らず知らずのうちにヤザはハイファに似た綺麗で博識で自立心の強いレイラに惹かれる」
なるほど、それについては俺も薄々気が付いていたから説得力がある。
しかし、こうして見ていると2人は本当に仲が良い。
「ねっ、勇猛果敢で沈着冷静なチームの頼もしきドイツ人リーダーと、好きになった女性へ一心不乱で意外に超純心なイタリアの坊やと言う相反するキャラクターを好きになれる女性の心理とは少し違うでしょ」
「ち、違うでしょっ!」
「違うって、どっちが違うの?」
隣でおとなしく聞いていたサオリまで、俺にチョッカイを掛けてくる。
「だから、違うの!」
「どっちが?」
「違います!関係ありません!」
くだらない押し問答に、何故か心臓がドキドキして妙に焦る。
「なんでい、何が違うんだ?」
俺が何かに困っているのを見かねたのかトーニがやって来て、話しに割って入ろうとする。
「「じつはねー……」」
サオリとエマが同時にトーニに説明しようとしたので慌てて止める。
「トーニ上等兵、勝手に女子同士の会話に割り込むことはゆるさん。直ぐに自分の居た所に戻れ!」
「ちぇっ、しょうがねーな。サオリもエマも年上だからってあんまりナトーの事からかうんじゃねーぞ!仲良くしねーと戦闘になった時助けてもらえなくなるぞ。ったく……」
トーニは本当に俺が困っているのを見かねて助けに来た。って事?
「「彼、ナカナカやるわね」」
サオリとエマが両脇から俺の耳元で言う。
「もーっ!!」
俺はもう答えないで、串にさして火に掛けてあった鶏肉をガブリと口に入れた。
ジューシーで暖かい油が染み出て、体中に食物の持つカロリーが伝わって来る。
暖かい料理と言うものを、これ程までに体が求めているとは知らなかった。
今、口にして、初めてそれが分かった。
紛争の長引く中東やアフリカ諸国、ここアフガニスタンもそう。
だがこの地ではもう直ぐ平和が訪れるはず。
平和の味を知った彼らが、二度と紛争を繰り返さないようにと、ふと思った。
ポーカー大統領との会談前日にゴードンがアジトを訪れた。
「明日の早朝、こちらから非公式に迎えを出すから、驚かないでくれ」
話はそれだけ。
何で驚く必要があるんだ?
まさかヘリで迎えに来るつもりなのか?
前日は兎に角忙しかった。
キースに、バイクでアサムの実家まで服を取りに行かせた。
もちろんキースは現地語が一切分からないので、アフガニスタンの公用語でもあるパシュトー語やダリー語に通じているエマが一緒に付いて行った。
サオリはアサムの診療を行ったあと、男たちに外に作らせた円台の上にアサムを座らせて、麓で取って来た枯れ枝で火を起こしお湯を作らせ、そのお湯を使ってサオリ、レイラ、俺の3人でアサムの体と髪を洗った。
元気になったアサムは「ハーレムだ!」と言って大喜び。
いい年をしても男性は“男の子”のまま。
次の日の早朝、まだ日も明けきっていない頃、騒ぎがあった。
それは聞きなれない奇妙な音と振動。
戦車だ!
慌てる隊員たちに落ち着く様に言いゴードンが言った言葉を思い出す。
なるほど、こういう事か。
真っ赤な朝日を背に受けるように現れたのは、あの懐かしいヤクトシェリダン。
“ジムだ!”
なるほどオープントップの、この戦車なら怪我人の輸送もお手の物。
堅牢な装甲は、対物ライフルの弾も通さないので、仮に下山するアサムの命を狙おうとする狙撃兵が潜んでいたとしても安全。
「ジム!」
「よう!ナトー!今回もまた大活躍だったな」
ジムのヤクトシェリダンを操縦するのは、あのザリバン高原で相棒を務めた男。
すっかり戦車兵が板についていた。
ヤクトシェリダンで麓まで降りると、道に待機していた数台のハンビィーの車列の先頭にはゴードンが居た。
「いいのか?和平調停が終わるまでアサムはまだ敵の首領だぞ」
「アサム?まさか。俺たちはパトロールの途中、そしてジムは訓練の途中で山で怪我をした老人を見つけて助けただけ。そうだろうジム」
「ああ、その通りさゴードン。じゃあ行こうか」
こうして俺たちは無事にアサムを交渉の場まで運び出すことに成功した。
アサムとポーカー大統領の会見場を、俺たちLéMATが警備すると言う任務は回ってこないし、そもそも俺たちは休暇中だから万が一そのような任務があったとしても携わる権利もない。
用事の終わった俺たちは、ホテルのロビーでテレビのスポーツ中継を見ながら寛いでいた。
夜19時20分、突然その瞬間はやって来た。
クリケットの中継が突然消えニュースになる。
映し出されたのはアメリカのポーカー大統領とザリバンの首領アサム、そして現在のアフガニスタン大統領で親米派として知られるハミードとイスラム協会の最高指導者で反米派のフサイン氏の4人がテレビに向かってガッチリ握手をしていた。
そしてニュースキャスターが声高らかにザリバンと米軍の和解を告げ、アメリカ政府は今までつぎ込んでいたアフガニスタンへの軍事費を、同国の経済復興費に変える意向を表明した。