【Description of the battle.①(戦いの詳細)】
「おい確りしろ!」
「よう!英雄、サッサと起きろよ!」
ハンス隊長の声に、モンタナの声。
“いったいどうしちまったんだ?”
目を開けるとLéMATの仲間たちに囲まれていた。
「お前ら、一体……」
「ようやく、お目覚めだな」
「フ、フランソワ……」
「大丈夫ですか?」
「ハバロフ」
「おいおい、ようやくお目覚めだとよ」
「ジェイソン、ボッシュ、それにキース」
「とりあえずハーネス付けていますので、ゆっくり起き上がって下さい」
「メントス」
誰かが俺の背中を押してくれる。
柔らかい。
そして暖かくて、しなやかで、思いやりのある手。
後ろからだって、直ぐに誰の手か分かる。
「ナトー!」
「大丈夫か?」
「こ、ここは天国なのか?」
俺の声に皆が一斉に笑う。
「相変わらず、オーバーな野郎だぜ!」
モンタナの声が響く。
「いったいこれは!?」
振り向こうとしたが、首が痛くて振り向けなかった。
代わりに俺の背中を押して起こしてくれたナトーが横に並んでくれた。
「立派だったぞ」
「立派って……お、俺は撃たれたんじゃ……」
「あとは任せたぞナトー、説明してやれ。俺たちは逮捕した野郎どもの片付けに入る」
「ああ」
「ナトー、お、お前、生きているのか?俺も?」
「ああ、黙っていてスマナイ」
「何があった?」
「どこから話せばいい?」
「ナトーが敵の狙撃手に撃たれた所から」
「いいよ」
ナトーは俺に寄り添うように並んで座り話してくれた。
ナトーは俺の仕掛けを手伝ってくれた後、崖に戻る時にシートのポケットからスマホとソーラー式充電器を見つけ出して持ち帰り、崖の上で自撮りした。
「決してナルシストなんかじゃないからな」
「分ってらい」
見張りは退屈だが重要な任務。
決してサボれない上に、この上もなくリスクが大きい。
特にこの様な遮蔽物もないもない土地では、敵を見つけるのも一苦労だし、ズーっと顔を晒していると敵に見つかりやすい。
見晴らしが良いと言う事は、裏を返せば敵も隠れる場所がないと言う事。
だから実際にはズーっと見張っている必要はない。
崖の上からは1㎞以上見通しが利く。
1㎞のレコードタイムは、1999年ケニアのノア・ヌゲニ選手が記録した2分11秒96。
ここは整備されたグラウンドでもないし、平坦でもない。
まして走りながら登って来る馬鹿もいない。
時速4㎞で上って来るとしても15分掛かるから、5分見張って10分休んでいた。
「意外にサボってんな」
「別にサボっている訳ではない。効率を考えればそうなるし、そうしないと24時間見張る事は出来ない」
「24時間も見張るつもりでいたのか?!」
「そう言う訳ではない」
「盛ったのか?」
「いや、見張りと言うものは安全が確保されるか、敵が現れるかのどちらかが確認できるまで続けなくてはならない」
「じゃあ、敵がナカナカ現れなかったら、それまで2日でも見張るつもりでいたのか?」
「まあ、そう言う事になるだろう」
ナトーは、やはり凄い。
「ところでナトーが生きているって事は、敵の狙撃手は何を撃って満足して帰ったんだ?」
「俺を撃った」
「じゃあやっぱり外したんじゃねえか」
「いや、当てたよ」
「どこに?」
「顔」
「顔?」
驚いて、思わずナトーの顔を触ってしまった。
「顔と言っても、こっちの顔じゃない。スマホで自撮りした顔だ。俺はそれを岩の隙間の奥に置いておいた」
「じゃあヤツは、まんまとそれに引っかかったと言う訳か」
「そう」
ナトーが何故か寂しそうに笑った気がした。
「でも、なんで反撃しなかったんだ?相手が罠に掛かったのなら簡単に殺せただろう?」
「殺さないよ」
「でも撃てたろ?」
「いや、撃てなかった」
「何故?」
「恩人だから、それに……」
「それに?」
「彼はスマホに映る俺の顔を見て泣いていた。だからそれが実物ではない事を見破る事が出来なかった」
「しかしそれは、見破れないようにしておいたんじゃないのか?」
「確かにそうだけど、彼は1分以上スコープで眺めていたんだ。その間、自撮りの写真は瞬きもしないだろ」
「成程な、でも何で1分以上撃たなかった……って言うか、それを知りながら何でお前は先制攻撃をしていないんだよ!危ね~じゃねえか!」
「すまない」
ナトーの返事は、それだけだった。
でもナトーが撃てない相手を、俺がとやかく言う筋合いはねえ。
おそらくあのミランと言う狙撃手も屹度ナトーの事が好きだったのだろう。
俺はその男に殺されかけたと言うのに、ナトーを撃つために涙を浮かべて1分以上も引き金を引けなかったヤツを許せると思った。
俺にとって、俺の一番大切なナトーに対して好意的な感情を持つ者は、敵であろうが味方であろうが全員が仲間だ。
まあ、引き金を引いちまったのは許せないが、ヤツが引き金を引いてしまった後の後悔の気持ちを考えると手に取るように分かる。
「でも、その事を何故俺に教えなかった!」
俺が怒って言うと、お前に伝えると言う事は、俺が死んでいない事を意味するから伏せておいたと言ってナトーは謝った。
屹度ナトーは一旦自分が死んだ事にしてまで、ミランと言う男を守りたかったんだろうと思った。
「実はもう一つトーニに謝らなければならないことがある」
「なんだ?」
「怒るなよ」
「怒らねえよ」
「実はお前のスコープの事だが」
「俺のスコープ?」
「その調整を若干右下に調整しておいた」
「なんだって!!?」
「ほら、怒った」
「怒っちゃいねえ!ただ驚いただけだ!」
なるほど、それでいくら撃っても当たらねえ訳だ。
何度撃っても、弾は敵の右肩を霞めるか、外れるだけだった。
「しかし、なんでそんなアホみてえな調整をしたんだ?」
「いや……予感がしたんだ。本当にスマン」
「予感?――なんの?」
「今日はトーニの射撃が冴えわたっているんじゃないかと思って」
「ンな馬鹿な事あるかよ」
「……だな、スマン」




