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【Conflict of Mr. Milan.②(ミランの葛藤)】

 POCに入り、初めてナトーの過去を知らされた。

 まさかあの可愛い少女が、イラクで多国籍軍の兵士を277人も狙撃して殺した恐怖のグリムリーパーだったとは。

 脳天を硬いコンクリートに叩きつけられたほどの酷い衝撃を受けた。

 確かにサオリが怪我をして気を失っているナトーを連れて来た当時は、変な男の子だと思っていた。

 だけど俺たちと接するようになってからのナトーは、どんなに大変な仕事も嫌な顔一つ見せずに、逆に皆のために率先して出来る気の利く子。

 仕事だけではなく勉強の方も吸収力も恐ろしく早いばかりでなく、昼間の仕事の疲れもあるはずなのに、いつも夜遅くまで勉強していた。

 治療の補助を頼んだ時も、お年寄りから小さな子供まで分け隔てなく優しく、酷い傷を見ても眉をしかめる事も無い。

 どんな時にも、どんな患者にも優しく接する姿は、まるで現代のナイチンゲールだった。

 性格に裏表もなく頑張り屋で、実際に虫も殺さない優しい少女だった。

 POCは俺を騙そうとしていると、本気で思っていた。

 しかし外人部隊に入ったナトーの所業を目の当たりにして、俺を騙していたのはPOCではなく、ナトーの方だったことが分かる。

 リビアでは作戦が上手く行き、かつて共にザリバンで戦った義理の叔父にあたるバラクの捕獲に成功したものの、自らの正体がバレる事を恐れ、国際法を無視して縛ったまま撃ち殺した。(『グリムリーパー』シェーラザード作戦)

 コンゴでは敵対する武装集団も民間人も見境なく撃ち殺し、特に子供たちを狭い民家に押し込んで銃を乱射して皆殺しにしたという現場は、見るに堪えられない物だった。(『グリムリーパー』地獄の戦場)

 かつていたザリバンとの戦いでは、己を知るものを片っ端から殺戮するように、ナトーの手に掛かって死んでいったザリバン兵は想像もつかないくらい多かった。(『グリムリーパー』死闘!ザリバン高原)

 パリでも俺たちPOCの仲間たちを、アルミの化学反応を利用して1500℃の凄まじい炎で焼き殺そうと企んだ。(『コードネームはダークエンジェル』)

 自分のためなら平気で仲間を裏切り、叔父でさえも殺す。

 女子供でも一切の容赦はない。

 あの赤十字キャンプで俺たちの手伝いをしていた頃のナトーを知っているならば、誰も真実だとは思うまい。

 でも、俺は見て来た。

 この残忍で容赦のない、サイコパスの所業の爪痕を。

 スコープの中には、ハッキリとその姿を捉えている。

 いつでも撃てるように、深指屈筋腱は神経を尖らせている。

 こうして、久し振りにナトーの顔を眺めていると、とても残忍なサイコパスなどには見えない。

 ショートカットで男の子っぽくしているが、どう見ても赤十字難民キャンプに居た時のまま綺麗で素直で優しいあの俺が知っている通りのナトー。

 ひょっとしたら俺はPOCに騙されているんじゃないのか……。

 そう思わせるほど――いや、そう思いたくなるほど、あの頃に比べて更に美しくなっている。

 “それがサイコパスであるナトーの能力”

 POCの総帥が言った言葉が頭を過る。

 ナトーは子供の頃から、いや、子供であったからこそ敵の狙撃手を惑わし、相手が躊躇している間にその相手より早くトリガーを引き、殺してきたのだ。

 “戦争の申し子”

 こういうヤツが居る限り、いつまで経っても血で血を洗うような争いは収まらない。

 だから俺はこの死神をこの手で仕留めなければならない。

 緊張させて止めたままの深指屈筋腱に全身のエネルギーを送り、指を静かに絞り込む。

 “ナトー、またいつか会おう……。今度会う時は戦争のない世界で”

 カチンという音と共にハンマー(撃鉄)が解放され、ファイアリングピン(撃針)がチェンバー(遊底)で静かに待機していたプライマー(雷管)に向かって進む。

 ハッと我に返り、ファイアリングピンの移動を慌てて止めようとしたが、人間の鈍い運動神経ではもうその動きを止める事は出来ない。

 直ぐにファイアリングピンがプライマーを叩く音がしたかと思うと、一瞬のうちにプライマーの火薬が燃焼し薬莢内のフラッシュホール(伝火孔)を伝ってパウダー(装薬)に引火して激しく燃焼する。

 パウダーの燃焼で発生したガスにより薬莢内の腔圧が高まり、弾頭が押し出されてバレル(銃身)の中で螺旋状に刻まれた溝伝いにゆっくりと加速しながら進む。

 やがて燃焼したガスに押し出されるように、弾丸が宙に放たれる。

 肩に弾丸が飛び出す反動と、微かな回転による捻じれが伝わる。

 “止めなければ!!”

 ようやく気が付いた。

 どんな人間であっても決して殺して良い訳ではない。

 まして俺は医者だ。

 これまでいったい何をしてきたと言うのだ。

 まして相手は、あの可愛いナトーじゃないか。

 バレルから飛び出した弾丸を、この手で掴もうとした。

 だが銃身の長いM82では、それは叶わないし、銃弾のスピードに人間が勝てるわけがない。

 トリガーを引いてから銃弾が放たれるまで、奇妙なほど遅く感じたが、実際は瞬きする間もない程の速さ。

 たとえ拳銃であったとしても、一旦発射した銃弾を自分の手で止める事は出来やしない。

 “いや、まだ止められる!”

 俺は銃を捨てて、隠れていた岩陰から飛び出した。

 M82の12.7㎜弾の初速は853m/s、ナトーとの距離は977m。

 着弾するまでには1秒少しかかる。

 その間にナトーが気付いて、避けてくれれば弾は当たらない。

 相手任せだが、もう俺に出来る事は、これくらいしか残っていない。

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