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【Conflict of Mr. Milan.①(ミランの葛藤)】

 トーニ―の手伝いをして、それからヘリの中を物色してから、元居た崖の上に戻る。

 別れ際、トーニが目を瞑って唇を突き出したが「すべて終わった時に無事でいたらと約束したはずだ」と言い冷たく断った。

 本当は“お互い無事にまた会えた時”なので、たしかに今は“お互いが無事で会えた時”なのだが意味が違う。

 けれどもトーニは、その事について何も言わなくて悪戯小僧の様に笑っていた。

 “余裕なのか?”

 その表情に、俺の方が戸惑ってしまう。

「ナトーも俺も国外での休日だから言っちまうけどよー、いくら鍛え上げた体だとは言っても、オメーの体は上等な毛布より柔らかかったぜ」

 トーニは言い終わるとサッと手を上げてヘリの方に戻って行く。

 言われた俺の方は午前中の事も思い出してしまい心臓がバクバクものだった。

 しかも今トーニの言ったことが、さっき寝ているトーニに腰に抱き着かれたときのことだから尚更。

 “上等な毛布だって♪”

 急な崖も、まるで体がフワフワ浮いているようにスイスイと登る事が出来た。

 自分のポジションに戻ると、まだ遥か下の方でランチでも食べているのだろう、煙が見えた。

 敵の到着は午後4時くらいか?

 まあ、先遣隊が居なかった場合の話だが。

 俺もトーニに習ってチョットした遊び事をしようと思う。

 石を積み上げて見張り台をこしらえた。

 いつ来るか分からない敵を、ボーっと待って居るうちに、いつの間にか狙撃兵の的になっていた何てことは頻繁にある。

 だから簡単に狙撃兵に見つからないように、積み上げた石と石の間をワザと開けて小窓を作り、ヘリの中で見つけた“ある物”をそこに置いた。


   ~POCの先遣隊~

「ここで止まる。双眼鏡を」

 列の先頭に居たミランの合図で皆がその場で姿勢を低くし、リュックから双眼鏡を取り出した男が、それを先頭のミランに渡す。

 ミランは双眼鏡を取ると、岩だらけの大地を丹念に眺めていた。

 5分が過ぎ、10分が過ぎ、やがて20分が過ぎた。

「ミラン指令、やはりグリムリーパーはヘリの中では……」

 さっき双眼鏡を渡しに来た男が、今度は温かい珈琲を持って来て言った。

 ミランは男から珈琲を受け取り一口飲む。

「いや、グリムリーパーは先ずあの辺りの高台から、俺たちが来るのを見張っているに違いない。そこで俺たちを発見してからヘリに移動するはずだ」

「どうして、そんな面倒な事をするんですか?ヘリは防弾仕様の特注品ですから銃弾を通さないのに。それに見張りは仲間に任せておけばいいのではないですか?」

「奴は、俺たちが見つけるより先に、俺たちを見つけたいのさ。そして奴は決して仲間を犠牲にはしない。だから危険な役割に成れば成る程、一人で行動する」

「何故、分かるんです?」

「誰よりも、奴をよく知っているからさ……」

 ミランの双眼鏡が一点で止まり、遅れて珈琲を喉の奥に送り込むためゴクリと喉が鳴る。

 手に持っていた真鍮の珈琲カップが、するりと手から滑り落ち、残っていた液体が散らばる。

 空になったカップは、まるで岩場から逃げるように、カラカラと音を立てながら忙しそうにジグザグに軌道を変えながら転がり落ちて行く。

 “居た……”

 ミランは心の中で呟いた。

 だが、その呟きに喜びは微塵も無かった。

「バレット M82を!」

 サポート役の男がミランにバレットを渡し、手に持ったレーザー測定器を構える。

「長方形の岩が2つ並んで立っている上に置いてある岩の隙間に見える。もしも銃口が光ったら直ぐに頭を下げろ、いいな」

 ミランは慌ただしくバレッタのスコープ調整を始めながら言った。

「距離977、風速右に10m」

 サポート役がミランに距離と風速を伝え、そのデーターを基にミランがスコープの調整をする。

「風速5」

 ミランはスコープの中に見えるナトーの顔を見つめたまま。

「風速0」

 スコープを覗いたまま、ダイヤルだけを調整する。

「風速0、安定しています」


 “俺は女なんかじゃない!”

 “女の子よ。だってオチンチン無いじゃない”

 “それは、大人になったらチャンと生えてくるんだ!”


 “ねえ、ミラン。日本語を教えて”

 “あれ、サオリに英語をチャンとマスターしてからじゃないと駄目だと言われただろう?”

 “だって、サオリもう直ぐ日本に帰っちゃうんでしょ。早く勉強しないと連れて行ってもらえなくなっちゃう”

 “大丈夫だよ。なんだかんだ言ってもサオリはナトちゃんが大好きなんだから”

 “でもぉ……”

 “しょうがないな”

 “やったー!やっぱりミラン大好き!”


 “じゃあ、あの丘の上から手旗信号を送るね”

 “駄目よ!一人で行っちゃ”

 “一人じゃないモーン、チャンとミランが付いて来るモーン!行こうミラン」


 “離して!離して!”

 “駄目だ、危ない!”

 “サオリが!車の中のサオリを助けなくっちゃ!お願いサオリを……サオリを助けて!”


 ザリバンが仕掛けた爆弾でサオリが車ごと燃やされた。

 その日の夜、心配になりナトーのテントを覗きに行くと、そこにもうナトーは居なかった。

 俺は、あの日、大切な物を2つなくしてしまった。

 ひとつはサオリ。

 もう一つはナトー。

 彼女は忌まわしい過去を捨てて、素敵な女性として生まれ変われるはずだった。

 サオリと俺で、そうなるように大切に育てた。

 それをサオリが壊してしまった。

 俺を騙すために、自らが死んだと見せかけて。

 ナトーの心を傷つけて……。

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