【Hans, restaurant and disturbing shadow①(ハンスとレストランと邪魔な影)】
寮に戻ってシャワーを浴びた。
他の隊員はまだ戻ってきていないから、広いシャワー室を独占できる。
もっとも、これはいつもの事。
いつもは使う時間が決まっているから独占できるのだ。
それは女性用のシャワー室が、この寮には無いからで、俺が使用できる時間は18時からの30分間と決められている。
今はその時間ではない。
だから誰が入って来ても文句は言えない。
もっとも、本当にこれが最後だとしたら、仲間に見せてやっても惜しくはない。
シャワーを浴びおわり、水道の栓を閉める。
結局、誰も入ってはこなかった。
まあ、あいつ等の事だから今頃は食堂で不平不満を言い合っているに違いない。
***
部屋に戻って着替えを選ぶ。
軍服の正装?
いや、重すぎる。
ハンスに買ってもらったストライプのスーツ?
それでは媚びている。
ふと、開けていない紙袋に気が付いた。
俺のためにエマが買ってくれたmajeの白いワンピース。
鏡の前で合わせてみると、我ながら良く似合い心がウキウキしてきた。
だけど何となく、こんな非常事態なのに楽しんでいる様で恥ずかしくて止めて、ミヤンのお見舞いに行く時にエマに選んでもらった黒のスーツスタイルにして寮を出た。
18時10分の待ち合わせ時間は、入隊した日、食事に出る時に待ち合わせした時間。
あの日と同じ様にハンスが赤いMAZDA3で迎えに来た。
「乗れ」
意外だったのは、ハンスも黒のスーツ姿だったこと。
あの日と同じレストランに入る。
「Bonsoir!」
「Vous etes combine?」
店に入ってハンスが挨拶をすると直ぐにウエイターが来て、人数を聞いた。
「Nous sommes deux」
二人だと答えるときにハンスとお互いの顔を見合わせて一緒に答えた。
ウエイターが空いたテーブルに案内して、座ろうとする俺のためにワザワザ椅子を引いてくれた。
なにもかも、あの日と同じ。
違うのは、そこに笑顔が無い事。
それが一番辛くて悲しい。
あの日と同じメニューを注文した。
ウェイターが帰ると、ハンスが身を乗り出したので自分の考えを言った。
「つまり、俺たちは、やり過ぎたという事なのか?」
「やり過ぎ? ナトー、お前の口からその言葉が出るとは思わなかったぞ。今までだってお前は充分やり過ぎていただろう?」
「しかし今回は相手が違う」
「相手が違う?」
「そう黒覆面の男の居た、偽平和団体」
「……」
ハンスが腕組みをして黙った。
「彼等はお互いをとことん戦わせることで、好戦的な人間を根絶やしにして初めて平和が訪れると言っていたが、裏を返せばただの武器商人に過ぎない」
「たかが武器商人の一味が、我々外人部隊に圧力を掛けたとでも?」
ハンスが興味深そうに俺に質問した。
「いや、彼等は恐らくただの武器商人ではない」
「じゃあ、何者だ?」
「お互いをとことん戦わせるためには折角武器を持っていても、相手が金を持っていなければ何ともならない」
「買えなければ売らなければ良いだけじゃないのか?」
「ああ、ただの貧乏人ならな。ところが、その貧乏人に武器を買うための金を貸して戦わせると、儲けが倍になるとしたらどうだ?」
「金融業と言う事か?」
「そう。日本がまだ江戸時代で鎖国をしていた頃、長崎に居た英国人武器商人が、血気盛んな日本の若い侍に金や船を与えて土佐藩を脱藩した浪人や、長州藩や薩摩藩に武器を持たせた」
「その金は、誰が出した?」
「明治維新軍が倒した江戸幕府の金庫から支払った。付け加えると、奴らは富国強兵政策に進む日本と清国を敵対させ、清国に強力な戦艦を買わせた。しかしこの戦いは日本が勝利し彼等は儲けそこなった。次に目を付けたのがその日本。日本にロシアの脅威を耳打ちし大量の武器を購入させ、日本を借金地獄へと追い詰めて行き、結局日本が生き残るためには海外進出=戦争しか道が無くなってしまった。この時、彼らは日本と闘うアメリカに大量の資金援助を行った」
「どうして、そこに気が付いた?」
「ヒントは彼らがくれた。アグスタウエストランド AW139。ポピュラーな機体だが、一介のテロ組織が持つには高価すぎる。それにアグスタウエストランド社の本部はイギリス」
「で、事の顛末は?」
ハンスが腕組みをしたまま、俺に聞いた。
「つまり、奴らの計画……フランスでの活動拠点を潰した俺たちを潰しに掛かって来た」
「しかし一介の金貸しに、フランス政府が動かされるのか?」
「一介のなんてものじゃない。奴らはフランスの金融機関……いや、政府の金だって抑えているとしたら? 恐らくDGSEのエマとレイラの退所にも関係しているはず」
「まさか、あの巨大金融業が裏で手を引いているというのか?」
「ああ、彼等はナポレオン戦争で味を占めているからな。ハンスも気が付いていたんじゃなかったのか?」
「いや、俺は詮索しない性質でな」
「じゃあ、あの時何を隠していた」
「隠していた?俺がか?」
「そう、何か言いたい言葉を、言わなかっただろう?」
「……思い過ごしだ」
ナトーには、そう答えたが、ナトーの言う通りだった。
ただ、その事はナトーには言えない。
何故ならあの時俺が隠していた言葉は“ナトーに傍に居て欲しい”と言う言葉だったから。