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【The main unit the approaching enemy.④(迫りくる敵の本体)】

 夜の見張りを終えてリズの隣に寝転んだ。

「私をどうするつもり。入ってまだ日が浅いから、交渉になんて使えないわよ。お気の毒様。ここで皆死ぬのよ」

 相変わらず怒っている。

 幼くて可愛い顔が台無しだ。

 捕らえた時から、リズを交渉の道具に使おうなんて、これっぽっちも思っていない。

 俺はリズに思い直してもらいたかっただけ。

 だいいちザリバンの首領アサムと、新米幹部候補生のリズとでは、交渉自体成り立たないだろう。

 ……しかしリズに言われて、あらためて考えてみると、交渉も悪くはない。

 もちろんPOC側はアサムの命とリズの命を天秤に掛けるまでもなく、答えは分かっている。

 だが、そうでない人物も居る。

 人の命の公平さを誰よりも知っていて、戦争を憎み、長年その戦争の後始末として派遣されることの多い国際赤十字の医師として数えきれない命と向き合って来た男。

 ミラン。

 今はPOCの幹部かも知れないが、交渉の回答権はミランには無い。

 彼なら、上層部の判断によって、無情に捨てられる命に苦しむはずだ。

 ここから先は俺の推測だが、ミランはかつてサオリと付き合っていた。

 サオリは日本人。

 リズは香港人。

 同じ東洋人。

 おそらくミランは、サオリと付き合っているうちに東洋人女性が好きになったに違いない。

 だからリズを誘った。

 いや、ひょっとしたら誘う前から2人は付き合っていたのかも知れない。

 そう考えると、メヒアたちがパリでテロを起こそうとしたときに(グリムリーパー『パリは燃えているか』参照してみて下さい)ワザと敵側のスパイを装ってまで俺と真剣勝負を挑んだ事や、いくら上司の指示とはいえ、レイラの護送に立ち会った俺を騙した事も分かる気がする。

 つまり、デートをするたびにミランはリズに俺の話ばかりする。

 思い上がりじゃない。

 拾った俺を赤十字難民キャンプで育ててくれた時、勉強の事になるとサオリは厳しくて常に自分で考えるようにとか、英語をマスターしないと絶対に日本語は教えないとか厳しかったが、ミランはいつも俺に甘く優しかった。

 早く日本語の勉強がしたかった俺が強請ねだると“サオリには内緒だぞ”と言って参考書を貸してくれた。

 ミランは何かにつけて優しくて、まるでお父さんみたいな存在だった。

 あの陽気で優しいミランなら、いかにもそんな話をしそうな気がする。

 “嫉妬”

 ひょっとしたら、リズがミランの誘いに乗ってPOCに入ったのも、俺への嫉妬かも知れない。

「悪くはない」

「えっ?!」

「交渉も悪くはない。と言った」

「だから、無駄だってさっき言ったでしょ。聞いていなかったの?!」

「聞いていた」

「だったら、やめておきなさい」

「やめない」

「なんで!?」

「やめる理由が無い。交渉が成立すれば俺たちは助かる。成立しなくても俺たちは助かる。どうせ助かるなら君たちを試してみるのも面白いじゃないか」

「何言っているのか分かっているの?300対10よ!」

「勝てるさ。敵を一方向に集めて俺に30連マガジンを10個持たせれば、300人なんてまるでカードを一枚ずつ切るように、命の炎も切り落としてみせるさ」

「This Dung grim reaper!(糞死神!)」

 そう言うと同時にリズは俺に唾を吐きかけた。

 俺は頬に着いた液体を拭き取りながら「asshole(「ケツの穴」馬鹿にするスラング)」と呟いて睨む。

 見る見るうちにリズの顔色は真っ赤になり、少し上がり目の目じりが更に上がり、眉間にはシワが入る。

「それで本当に勝てると思っているの!たとえ300対10の戦いに勝ったとしても、交渉日にアサムが来ずにポーカー大統領が暗殺されれば、次はアメリカ兵が空と陸から襲って来るのよ。戦車と航空機相手にM-16を持った天才狙撃手グリムリーパーは戦えるのかしら?バカも程々に……」

 ようやく気付いたリズが黙る。

「なるほど、そういう手筈か」

 それ以降、リズはソッポを向いたまま何も話さなくなった。

 まあ黙っていてくれた方が良い。

 その方が、よく寝られる。

 俺もリズに背を向けて横になると、いつの間にか目の先にエマが立っていた。

「ナトちゃん、鋭いわね」

「鋭い?」

 凄いの間違いかと思って聞き返した。

 だって、まんまと平常心を搔き乱して自白させたのがから“鋭い”は相応しい表現ではない。

「そう。凄い勘」

「勘?」

「キーワードはasshole(ケツの穴)よ。よく気がついたわね」

 “なに???”

 俺はリズの方を振り返って見た。

 ソッポを向いて、知らん振りを決め込んでいたリズの耳が、見る見るうちに真っ赤に染まる。

 “一体、どうした?”

「ミランがナトちゃんを追って日本に立つ前――」

 エマが話を続けようとするのを、慌てて走って来たサオリが止めた。

 何故かサオリの顔も赤い。

「なんなんだ……?」

「あっ、いいの、いいの。こっちの話」

 サオリはエマの腕を強引に掴み上げると、そのまま去って行った。

 理解不能!

 スラングとリズ、それにサオリのあの慌てよう。

 一体全体、俺の知らない所で何が起こっていたんだ??

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