【Confrontation with a helicopter.③(ヘリとの対決)】
口は笑ったまま、眼だけが驚いているトーニの顔。
その後ろで、ヘリから落ち、命綱で宙ぶらりんになる敵の男。
手に持っていたM-16が、ヘリから零れ落ちる。
狙撃銃ではないから、さっき迄俺と闘っていた奴ではない。
ヘリはそのまま何度かゆっくりと回転しながら、500m程下の山の斜面に着陸した。
着陸したと言っても、まともな着陸ではない。
丁度なだらかな所だったから転落はしなかったものの、着陸してから機体は1回転して止まった。
幸い爆発はない。
「びっくりさせるな、俺が撃たれるのかと一瞬思ったじゃねーか」
「何故撃たれると?」
「遅かったから」
「いや、遅くはない。元々グレネード弾でヘリを堕とそうなど、無茶な話だ」
「じゃ、じゃあ最初から出来ないと思っていたのか……」
「いや、トーニなら屹度堕とせると、最初から思っていた」
「だろー」
「それでは、墜ちたヘリでも見に行くか」
「おう」
言わなかった。
いや、言えなかった。
トーニの明るい笑顔を見ていると、背後のヘリから狙撃手がトーニを狙っていたことを。
人には、その人に相応しい終わり方がある。
平穏に暮らしている人たちの終わり方は、突然の事故や、病気、あるいは寿命によるものだが、俺たちの居る世界はこういった平穏な世界とは程遠い。
戦車兵の最後は、敵戦車の他に対戦車砲や対戦車ミサイル、それに地雷による爆死。
歩兵の最後は、敵からの砲撃や銃撃戦、それに航空機からの攻撃が多い。
ただその中でも、その人に見合った死に様もある。
心の優しい兵隊の最後は、一瞬の躊躇い。
卑怯者や裏切り者の最後は、密告など仲間からの裏切りや罠。
勇猛果敢な戦士の最後は、敵に取り囲まれた場面で訪れる。
トーニの様な気さくな奴の最後は、手柄を立てて喜んだ矢先に訪れる。
こういったことは確率論で、日頃からの行動パターンにより他の者より、そう言った場面での確立が高くなると言う訳。
つまりトーニの場合、任務を達成したことを俺に一早く告げたいという心理が、まだ危険因子の排除に至っていないヘリの存在を頭の中から消し去ってしまったのだ。
俺がトーニを撃とうとした狙撃手に素早く反応できたのは、そうなる可能性について日頃から意識をしていたから。
一瞬の行動パターンなど、いくら本人に注意しても、そうそう治るものではない。
だから、その者の傍に居る人が注意して見守ってやらなければならないのだ。
ヘリが見える場所まで来ると、斜めに傾いた機体から敵たちが逃げ出そうとしている所だった。
距離は約100m。
皆、相応に怪我をしている。
俺たちに気が付いた狙撃手が直ぐに発砲してきたが、俺の弾が当たった上に墜落で何所かを痛めたらしく、先程迄の正確さは皆無。
それでも、なんとかしようと必死に撃ってくるので、お返しをしてやった。
奴が銃弾の交換の為に顔から銃を離したところを狙い、奴が持っているM110狙撃銃のコッキングレバーの先端を破壊した。
狙撃手は、俺の方を振り返り、驚いた顔で見ていた。
額に傷のある男。
狙撃手にしては、かなり体格も良い。
おそらくどこかの特殊部隊の出身者だろう。
これで銃弾をセットしても、弾丸を薬室に送り込むことは出来ない。
「やるか!?100ならグレネード弾の有効射程圏内だぜ」
「待て」
確かに、ここからなら簡単に奴らを倒す事が出来る。
だが、俺たちの目標はヘリを無効化にする事で、決してヘリの搭乗員の命を奪う事ではない。
あと1日か2日後に大勢の敵が襲ってくと言うのに、今目の前の数人を殺したところで何になる?
慈悲ではない。
恨みを買いたくない訳でもない。
ただ無駄な事は、したくないだけ。
高々と銃を上げ、空に向かって1発撃つと、しばらくして向こうからも空に向けて数発撃った。
つまり降伏の意志がない証。
回答するまでに少し時間が掛かったのは、おそらく無線で本部に連絡を取ったのだろう。
強情な奴らだ。
奴らがここから抜け出すためには、ヘリから離れる必要がある。
しかしヘリから離れるという事は、一段高い所に居る俺たちに背中を晒すことになる。
さっきのヘリにグレネード弾を当てたトーニの腕と、俺がかつてグリムリーパーだと言う事を知っているのだから、それが自殺行為だという事は分かっているはずだ。
「返るぞ」
「よし来た!……えっ?いま帰るって言った?」
「ああ」
俺は岩陰からスッと立ち上がり、敵に背を向けて歩き出す。
「おっ、おいナトー。それじゃあ敵に狙われちまう」
「かまわん。そうなれば俺の見当違いという事だ。反撃をせずに俺の死体をヤザの元に届けてくれ」
「け、見当違いって、一体なんだ??お、おい待てよナトー!」




