【Strategy meeting②(作戦会議)】
「リズが一時的に脱走したことで、ここはもう奴らにバレてしまった。だがピンポイントで何所なのかまでは分からないはずだ」
「どうして?沢山の人に気付かれたわよ」
「その沢山の人たちが、場所の特定を混乱させる」
「……そうか!彼らは急造の、雇われ兵士ね!」
「ちゃんと地図が読めるか怪しいわね」
「その通り――もしも、間違った場所へ向けて部隊を進めるとどうなる?」
「側面を突かれて総崩れ!」
「もしくは、逃げ出すチャンスを与える!」
エマもレイラも頭がいい。
「だったら、どうする?」
「入念な聞き取り調査……?」
「いや、ヘリを使って目的の位置を調べに来るはずよ!」
「いずれにしてもこの場所が特定されるのは時間の問題だが、今レイラの言ったようにヘリで調べに来るはず。しかし、そのヘリが堕とされたとしたら?」
「当然、士気は下がるわね」
「しかも、その前にこっちからの狙撃で4人の仲間がやられているとなれば尚更ね」
「そう。そこを上手く突く」
「どうやって?」
俺の立てた作戦は、こうだ。
先ず偵察のために飛んできたヘリを撃ち落とす。
言うのは簡単だが、敵のヘリはアグスタウエストランド AW139。
パリでの戦いに投入された防弾仕様のヤツだ。
地上からの攻撃で、そう易々と堕とすことのできる代物ではない。
操縦席を含めたキャビンには防弾版が設置してあるし、その上に乗っかっているエンジンに致命傷を与える事は地上からでは困難。
だがヘリである以上、重大な弱点もある。
それがテールローターだ。
殆どのヘリは巨大なメインローターにより推進力を得ているが、ロシアのカモフの様にメインローターを二重反転させる機能が無い限り、メインローターの回転力によって機体が振り回されるのを抑えるために、このテールローターと言うものが水平ではなく縦向きについている。
そして、こいつが上手く機能しなくなれば、ヘリは自由に飛ぶ事が出来なくなる。
1993年ソマリア内戦に軍事介入したアメリカ軍の「モガディシュの戦闘」に於いて、2機のUH-60 ブラックホークが堕とされたのも、このテールローターの損傷によるもの。
「でも5.56mmや7.62mm小銃弾では、いくらナトちゃんの腕が凄くても1発や2発当たったとしても傷が入るだけよ。もっとも運よく外装内に隠れて居る電気ケーブルや油圧パイプを壊せれば堕とせるとは思うけれど……モガディシュの戦闘で確かに2機のブラックホークは落とされたけれど、あれは敵であるアイディード側のRPGの攻撃によるものでしょ。第一ここには肝心のRPGが無いわ」
「たしかにね。でもグレネード弾はある」
「無茶よ!射程も短い上に初速も遅く、第一真直ぐ飛ばずに弧を描いて飛ぶのよ!」
「そうよ。いくらナトちゃんだって、そう簡単には当たらないわ!それにグレネード弾を撃ちながら狙撃は出来ないから、的にされちゃうだけよ!」
「俺は、グレネードを撃たない」
「じゃあ、誰が?」
「まさか?!」
「そう。トーニが撃つ」
「エーッ!俺がか?」
「嫌か?」
「い、いや。嫌じゃねえ。俺様の腕を見せてやるぜ!」
「そう来なくっちゃ」
俺が囮になり敵を引き付ける。
トーニは別の場所に潜んで、グレネード弾を打ち続ける。
もし敵が気付いたとしても、まず当たりっこないグレネード弾の射手よりもメインディッシュに近い俺への攻撃に夢中になるはず。
当てるのは厄介だが、放物線を描いて飛ぶ特性があるので、ひょっとすれば、ひょっとするかも。
「で、その後は?」
「後の事は、ヘリを堕とせるか堕とせないかで大きく変わるから、まだ考えていない」
考えていないと言うのは嘘だった。
当然、ヘリを仕留め損ねた場合の事も考えてはいるが、ここでそれを発表してしまうと、トーニの気が緩んでしまうかも分からないから言わないでおいた。
なにしろ、反撃の第一段階はトーニの集中力に掛かっているのだから、リズを逃がしたことに強く反省している気持ちを利用させてもらう事にする。
会議を終えると、対ヘリ要員として待機する俺とトーニの他は、皆持ち場に戻って行った。
リズの見張りには今度はサオリが付いた。
サオリが待機して休んでいる俺の隣に来て耳打ちする。
「過保護ね。そんなに好きなの?」
「揶揄うな」
いくら相手がサオリでも、揶揄われるのは御免だ。
「あら、ごめんなさい。でも気付いていなかった?」
「なにを?」
「リズ、口の中切っているのよ。歯もグラグラ。頭に来たのは分かるけれど、確り手加減してあげないと可哀そうよ」
「……」
手加減しなかった訳ではない。
しかし、その加減が狂っていたらしい。
でも何故?
リズが俺たちに相談もなく敵側についてしまったから?
それとも、俺たちの組織まで政治的な手を回して潰そうとしてきたから?
ヤザに酷いテロ実行計画を吹きかけて騙そうとしたから?
なんとなく、どれも当てはまらない気がした。
でも確かにサオリが言う通り、あの時俺は頭に来ていた。
感情に任せてしまい、いつもより手加減が緩くなってしまった。
その感情が、どこから来たのか、今となってはもう思い出せない。