【Liz's escape①】
とりあえず寝ることにした。
今日明日は、おそらくここには来ないだろう。
サオリが言うように6日後に敵がここを攻めて来るにしても、それまで神経を尖らせていたのでは身が持たない。
もし、それよりも前に敵が来るとすれば、空からの移動と言う事になるが、その場合敵は来たことを大きな音を立てて知らせてくれるから、ワザワザ見張る必要もない。
1日目、向こうの山をまるで“ほふく前進”するように多くの兵士が登っている。
やはり彼らは素人の寄せ集めだ。
先にヘリで降下した味方4人がヤラレタのを警戒しているのは分かるが、彼等の動作はサバイバルゲームそのもの。
警戒するのは良いが、登り始めの所からそんな動きをしていたら、体力も気力も持たない。
12時に昼休みを取ったと思ったら、13時を過ぎてもナカナカ動こうとしない。
見ているこっちが、逆に苛立つほど。
14時になってやっと動き出したかと思えば、15時にはティータイムを気取っていやがる。
本当に戦う気が有るのかと疑いたくなってくる。
そして17時には何と平らな所を探して集団を作りテントを張り始めた。
もちろん夜はキャンプでバーベキューパーティー。
なんとも善良な市民たちだろう。
「彼等、楽しそうね」
のんびり寛ぎながら見ている所にエマが来た。
「ああ」
「何人ぐらい居ると思う?」
「見える範囲で150は居るな。裏側も同じだろうから300って所か?」
「2個中隊ね」
「ああ」
「あら御不満?2個中隊VS1個分隊の戦いだと、シモヘイヘのコッラー河の戦いより分はいいものね」
コッラー川の戦いと言うのは、第二次世界大戦時の1939年~1940年に起きた冬戦争。
ソビエト軍がフィンランドに侵攻した時の戦場で、シモヘイヘたちの部隊32人で約4000人のソビエト兵を撃退したと言われる戦いだ。
「足が痛いわ」
「うるせえ、この裏切り者が!」
リズを見張っていたトーニが罵声を浴びせると、リズはシュンとしてしまった。
「酷いわ、裏切り者だなんて……」
体育座りをしている膝の上に顔を埋めたリズの足元に涙の滴が落ちる。
トーニが、その涙の滴が落ちるのを気まずそうに横目で睨む。
「けっ、自業自得だろうが……」
そう言って顔を背けるトーニに、リズは俯いて黙ったまま、時折鼻をすすり涙を零すだけ。
顔を背けたトーニの顔の角度が、ホンの少しだけ戻る。
横目でギリギリ、リズの様子が見える角度。
「……足、痛ぇのか?」
リズは返事の代わりに項垂れた顔をコクリとさせて答えた。
トーニは一旦リズの後ろに周って、後ろ手に縛られた縄が緩んでいない事と、首に巻いた縄が確りと後ろの岩と繋がっているか確認してから正面に回り込み、足首の様子を確認した。
この首と岩を繋いでいる縄が有れば、たとえ足の縄を外したとしても逃げる事は出来ない。
“さすがはナトーだ。普通なら首ではなく腰に巻くが、腰だと後ろ手に縛った手で解かれる恐れもある”
「ちょっと見せてみろ」
足を見られるのが嫌なのか、リズが足を引っ込めた。
「大丈夫、何にもしねえ。ただ足の状態を診てやるだけだ」
見ると、縄に縛られた所が赤く腫れていた。
「きつく縛られた訳じゃねえ。暴れるからこうなるんだ。ハンカチを当てておいてやるから、変な気を起こすんじゃねえぞ」
トーニは用心しながら縄を解く。
「何もしないから、靴を脱がして頂戴」
「靴を?」
「そうよ。靴下も」
「靴下もか?」
「足が蒸れて気持ちが悪いの。だって東洋人は畳の文化だから、部屋の中で靴は履かないわ。それに裸足なら、この岩場から逃げ出す事はできないでしょう」
「成程な。俺も日本の事を少しは勉強して知っているんだぜ。日本の家には“玄関”と言うものが有って、みんなそこで靴を脱ぐんだよな」
「よく知っているわね。もしかしてナトちゃんの影響?」
「ま、まさか!違わい!外人部隊だから、どこの国に行っても恥をかかないように勉強しているだけだ!」
「あら、御立派ね」
靴と靴下を脱がせてもらった途端、リズはその足でトーニのミゾオチを蹴り上げた。
次は、うつ伏せに倒れて苦しむトーニの頭を蹴り気絶させると、裸足の脚で器用にトーニのベルトに吊るされていたナイフを抜き取ると空中に蹴り上げ縛られていた後ろ手でキャッチして、首と岩を繋いでいたロープを切り落とす。
「おバカさんね。中国や香港には畳はないのよ」
倒れたトーニをあざ笑う様に言うと、まっしぐらに出口に向けて走り出した。
裸足だから、殆ど足音はしない。
外に注意を向けていた見張りは、あっけなく後ろからの膝蹴りで倒され、持っていたAK-47を奪われた。
腕を交差して縛られたまま。
持っていたナイフを捨てて、外に出たリズはトリガーに指を掛けて銃を撃った。
何を……いや誰かを撃つことが目的ではない。
仲間に知らせるために。