【SVLK-14S①】
ヤザの言うことが本当なら、何故彼らは此処に攻めてこなかったのだろう。
彼等の人数は俺が戦う前の時点で、ここに居る人数の3倍以上ある。
しかも、装備も充実している。
ヤザにアメリカでテロを起こさせるため?
いや、そんな事なら、ヤザでなくても誰でも騙す事は出来るだろう。
「何故、リズは仲間を集めて攻めてこなかったの?」
「答える義務はないし、私は単なる留守番役でしかないから、それを実行する身分でもない」
エマの問いにリズは答えない。
アサムが撃たれたのが4日前の昼過ぎ、4日前と言えば、俺がパリを発って日本に向かったのと同じ。
リズは留守番役……。
「リズ、君の隊長は誰だ」
「ノーコメント」
「ミラン!」
その名を呼ぶと、ハッキリとリズの眼が俺を避けるのが分かった。
パリから、ここへ赴任したばかりのリズにとって、直ぐに信頼できる者は居なかったはず。
居たとすれば、それは自身をPOCに誘った人間。
事務的な打ち合わせとは言え、アサム自身が来ると分かっているのであれば、米軍の警戒も厳しかったはず。
急所は外してしまったとはいえ、その警戒網の中で狙撃を達成したとなれば、かなりの腕の持ち主。
そして俺の動向を監視下に置いておきたい人物で、日本に行った俺とサオリが会う事を阻止したいと思っている人物と言えばミランしか居ない。
つまりリズが、このザリバンの隠れ家から自分たちのアジトに戻った時に、もうミランは旅立っていたに違いない。
他のメンバーを信用していない以上、隠れ家の事を話してしまうと、自分でコントロールできない状況になるかも知れないと思ったからリズは何も話さなかった。
話さない代わりに彼女は峠に検問を敷き、携帯基地局を立てた。
こうしておけば隠れ家を抜け出して上手く仲間を連れて来た時に、基地局に電波が引っかかる可能性も高いし、その際に格好の位置に検問所を設けた事も褒められるだろう。
昨夜の様子なら未だミランは戻ってきていないのは確かだが、事件を知って慌てて戻ってくるはず。
おそらく今日か明日には。
ミランが戻って来ると言う事は、POCもここへ戦力を集中してくるに違いない。
フランス支部が、アルバイトだらけの寄せ集めだった事や、コンゴでも奴らが関与していたと考えるなら、その戦力の質はたかが知れている。
おそらく奴らの考え方は、秘密を守るため幹部以外の者は信用していない。
だが金は持っている。
ヘリなどの航空機で捜索されれば、林道に放置されている2台の車から直ぐにこの一帯に俺たちが隠れて居る事は察しが付くだろう。
そうなれば山狩り的な戦術で攻められる事は必至。
大勢の人間に囲まれれば、ここに立て篭もるのは圧倒的に不利になる。
ミランたちに囲まれる前に、山を下りる手もあるが、手ぶらでバイクの所迄下るのでさえ5時間は掛かる。
更にそこから林道迄となると、7時間。
怪我をしたアサムを担架に乗せて降りるとなると軽く10時間は掛かるだろう。
夜のうちに抜け出すか……。
ヤザを中心にしてサオリと俺たちで協議をしたが、夜間にアサムを担架で運ぶのはまだ危険過ぎると言う事になった。
怪我人が居る以上、医者の言うことは絶対条件としなければならない。
しかも、この怪我人の命が作戦全体を左右するとなれば尚更。
俺たちだけが助かっても全く意味がない。
制空権の確保がない以上、昼間の移動は命取りになる。
樹木もない岩場で、ヘリに見つけられれば、ひとたまりもない。
「折角携帯が使えるのだから、アメリカ軍に協力を要請しましょう」
エマが言った。
ナカナカ良いアイディアではあるが、発信源が特定されたときに、アメリカ軍とPOCのどちらが先にここに来るか。
しかも問題は、はたしてアメリカ軍が動けるかどうかにも掛かって来る。
フランスで俺たちに掛けた様な圧力が、アメリカ軍に掛けられていないと言う確証はない以上、こちらから連絡をするのは無謀だろう。
結局この晩の会議ではアサムが動かせる状態になるまで、籠城することに決まった。
山狩りでここを見つけ出すにしても、早くても2日は掛かる。
それまでに何かが変わるのを待つしかない。
「これが使えるだろう」
ヤザが洞窟の奥から、2つの銃を持って来た。
ひとつはケースに入っていて何か分からなかったが、もう一つは有効射程1,700mのL115A3スナイパーライフル。
「どうして、これを?」
アメリカ軍には有効射程距離2000mのバレットM82があるので、これを装備していないはず。
「イラクの時に、イギリスの狙撃兵から奪った。弾は少ないがな」
「もう一つは?」
「驚くなよ。これはPOCからの贈り物だ」
ヤザがニヤリと笑い、自慢気に箱を開ける。
”男の子だ……”
開いた箱の中にあったのは、新品のSVLK-14S。
ロシア製の子の狙撃銃は実に有効射程距離5000mとメーカーは謳って最強の狙撃銃だ。
もっとも、いくら銃やスコープが凄くても、2㎞以上離れた的に当てるには筋が良くて頑張っても2年以上の訓練が必要となる。
ここでこの二つの銃を使いこなす事が出来るのは、ヤザと俺だけ。
しかし、これは籠城戦になった場合、戦力になる。
明け方にやって来たP子の脚に、サオリが何か手紙を巻き付けて再び飛ばした。
猛禽類は1日に最大で500㎞も飛ぶと言われるが、それでも日本に居るガモーの元にP子が辿り着くまでに10日は掛かる。
しかし、携帯が使えない以上、これが最良の通信手段だ。
真っ赤に燃える朝日に向かって飛び立つP子を見守った。
願わくば、奴らに発見されることなく、無事ガモーの元へ手紙を届けて欲しいと。