【Gift from the foothills④(麓からの贈り物)】
エマが奥に進もうとしたので少し止め、リズが居る事を教えた。
「えっ、もうリズが来ているんだ」
「知っているのか?」
「なにを?」
「リズが、ここに居る理由」
「ナトちゃんを助けに来た……ち、違うの??」
エマは不思議そうに背を丸めて上目遣いで俺の顔を覗いた。
「リズは敵だ。俺たちの命を狙いに来た」
「俺たちの命……?それに敵って何?ザリバン?アメリカ軍??」
「なあ、エマ。POCって聞いた事が有るか?」
「PoCなら知っているけれどPOCは聞いた事ないわ。いったい何なの?」
「正式名称はFor the Peace of children's」
「子供たちの平和のために……?、児童養護団体か何か?」
「いや、偽の平和団体だ。裏で武器を売っている」
「まあ!武器商人が平和団体を名乗るなんて、とんでもないわ!――でも、それって、まさか」
「そう。そのまさか。パリで俺たちが壊し物こそ、そのPOCのフランス支部」
「じゃあ、その後、私たちに降りかかって来た悪夢も」
「おそらくPOCが、国の誰かに手を回したことは間違いない」
「でもチョット待って、たかが武器商人の偽平和団体よ。そこまでの政治力があるとは思えないわ」
「その武器商人には強力な後ろ盾が居る。名前をよく見てみるんだな」
「名前……、あっ!」
「政治力などいらない。奴らの常套手段は金だ。従わなければ、石油危機やリーマンショックなども簡単に起こす事が出来る」
「それに武器商人を操る事で、いつどこで、どんな規模の戦争が起こると言う事が予見できたとしたら、投資の撤退や新たな投資のための根回しもスムーズに出来るって事ね。武器商人の売り上げなどとは桁が遥かに違って来るわ」
話を聞いていたレイラが言った。
レイラの故郷リビアは隣国チュニジアで始まった民衆による民主化運動『ジャスミン革命』から始まり他のアラブ諸国へ波及した『アラブの春』によって既存勢力が倒された。
民衆による反政府デモがいかに強力であろうとも、そこに武器が無ければただ鎮圧されるだけだと言う事は1989年中国で起きた『天安門事件』や2019年に起きた香港での民主化デモによる暴動で分かる通りだ。
「つまり、アラブの春は民衆による民主化運動ではなかった。ということ?」
「そうね。最初の志はそうだったかも知れないけれど、そこに大量の武器が入る事で秩序や理念が崩壊してしまったようね」
「POCの狙い通りに、戦争が起こったと言うわけだ」
「でも何でリズが居るの?彼女の本当の目的は香港じゃないの?」
「……」
本人から直接聞いたわけではないから答えなかったが、聡明なリズが簡単にスカウトの口車に乗せられてPOCに入ったとは考えたくはなかった。
彼女はひょっとしたら、もっと大きな夢のためにPOCを逆に利用しようとしているのではないのだろうか。
いま彼女がしているのは、その下準備。
その日のために、より確固たる自分の地位を高く築くことにある。
「あらリズ珍しい所で会ったわね」
「お互い様ね」
「DGSIは辞めたの?」
「見れば分かるでしょ」
「でも、届け出は“1年間の求職願い”に、なっていたわ」
「その方が、情報を得る時に都合がいいからよ」
エマとリズの会話を聞いていて、今の言葉が嘘だと言う事は直ぐに分かった。
DGSI(国内治安総局)の仕事は、国内での治安維持のための情報で、主にテロやサイバー犯罪などに対抗する業務および防諜を担当する情報機関。
世界の情報を見るなら、エマとレイラの所属するDGSE(対外治安総局)の方が良いに決まっている……もしかしてエマたちの解雇や俺たちLéMAT第4班の解散と言うのは、係り合いを断ち切って、俺たちに迷惑を掛けないためなのか。
ふと、そう思った。
「良かったわね、アサムを騙し討ちにしたにもかかわらず、ナトちゃんのおかげでジュネーヴ条約に則った捕虜としての扱いが受けられて」
「私は、アサムを騙し討ちになどしていない」
「どうだか……」
「この女は実行犯の中には居なかった」
見張りを終えたヤザが戻って来て言った。
そう言えば、ヤザはアサムが撃たれた後、武器商人の中国人女性にアメリカ大陸でのテロを吹き込まれている。
「この女は悪い武器商人だが、俺たちを救ってくれた」
「救ってくれた?」
「逃げる俺たちをバンで拾ってくれた」
「都合が良すぎるとは思わなかったのか?」
「思わない」
「何故?」
「彼女は、アサム様の応急処置をして、ここまで来たのだから。ここが安全である以上、彼女は信用できる」
“ここに来ている”
初耳だった。