【Gift from the foothills③(麓からの贈り物)】
「いようナトー!偶然だな、お前もハイキングか?」
「やっと気が付いたか」
近くまで来たトーニが顔を上に上げ、俺の名前を呼んだ。
「やっと気づいた?何言っていやがる、俺はとっくに気が付いていたぜ」
「いつから?」
「お前が今朝、この上にあるアジトに戻る前に、真っ赤に燃える朝日を見た時からな」
心臓がトクンと鳴った。
確かに俺はアジトに戻る前に、登って来る真っ赤な太陽を見た。
一体それを、何故トーニが知っているのだ?
「さっ行きましょう」
トーニの話は、エマとレイラにとっては何も響かない。
だが俺にとっては違う。
日頃冗談ばかり言っているくせに、こいつは心底俺のことを考えてくれているのだ。
なんとなく、そんな風に思った。
「貸せ。重いだろう」
「重くなんかねえ。こんなのは訓練で慣れている」
訓練で慣れていると言ったって、その訓練でいつも一番最後に、しかもくたばりそうになりながらやって来るくせに、やせ我慢して荷物を俺に預けない。
「謹慎で足腰がなまっている。このままテシューブみたいにブヨブヨにはなりたく無い。だから替われ」
「仕方ねえ野郎だな、じゃあチョットだけだぞ」
トーニの降ろしたリュックに手を掛けて驚いた。
そのリュックは訓練の時より重い。
軽く80㎏はある。
おそらく中身の殆どは弾薬だろう。
つまり俺が車に置き去りにしてきた弾薬を、全部詰めて来たに違いない。
何のために?それは敵の手に再び渡らないために。
その上トーニは何故かM-16を2丁持っている。
1丁はグレネードランチャ付き。
ポケットはグレネード弾でパンパンに膨らんでいる。
「銃と担架は貸さねえぜ。これは俺様の係りだ」
「ああ、じゃあエマたちに追いつく様に行くぞ」
「追い付くだと?なめんじゃねえぞナトー。追い抜くに決まってるだろ!ダイエットじゃねえ、訓練だと思って行くぜ!」
「OK!」
2㎞の岩場を皆で競争するように上った。
「ただいま」
入り口で見守ってくれていたヤザに声を掛けて、中に飛び込んでからリュックを降ろして中を見ると、思った通り弾の詰まったマガジンがギッシリ入っていた。
続いてエマが入って来て、リュックを受け取ると、こっちに様々な缶詰が一杯詰まっていた。
これも軽く60㎏くらいはある。
次に登って来るのはレイラ。
振り返る時入り口に居たはずのヤザが居ないことに気が付いたが、外を見るとヤザは洞窟の外に出てレイラの肩から重いリュックを取り上げていた。
“このエロおやじ!”
何となく無性に妬ける。
レイラのリュックにはペットボトルに入った水や食料が沢山詰め込まれていた。
しかもリュック以外の服のポケットにも。
武器、食料、水。
これだけあれば、ここから脱出できる……あれ?担架が無い。
入り口から覗くと、担架と2丁の銃を背負ったトーニが、四つ足でゼエゼエ呼吸を荒げながら這うようなスピードで登って来るのが見えた。
無理もない、ここまで6時間余りもこんなに重い荷物を背負って登って来たのだ。
急に軽くなったって、そんなに体力も余っていなかったのだろう。
俺は洞窟から飛び出して、トーニの肩を掴んで一緒に登った。
「面目ねぇ……」
「ん? 俺に負傷兵の救出訓練もしておけと言わなかったか?」
「言ったかもしれねえな」
そう言ってトーニは笑った。
言葉には出さなかったが、トーニがへばったのは ”訓練”と思ってやったこと。
やはり、ベストを出すのであれば ”実戦”のつもりでないと駄目。
だけど最初にトーニが言った時から、彼にはもうスタミナが残っていない事は分かっていた。
きっと俺の事を心配して、ろくに寝れていないのだろう。
そう思ってくれているだけで嬉しい。
洞窟に入ると、直ぐにトーニは伸びてしまったので、寝ているトーニの顔を綺麗に拭いてやり頭に冷えたタオルを乗せてやった。
こういう風に黙っているところを近くで見ると、イタリア人だけあって、意外に美形。
「イイの?」
見ていたエマが俺に言う。
「何が?」
「浮気?」
「バカ!」
俺を揶揄ったエマが元気な声で笑った。