【Gift from the foothills②(麓からの贈り物)】
「ناتو او یازه د لومړۍ دروازې مخې ته زنګ ووهي.(ナトー、ヤザ様が正面の入り口で呼んでいます)
見張りの男が俺を呼びにやって来た。
緊張した面持ち。
ヤザと交代して寝ていた兵士も起こされた。
“つけられたのか……”
俺はリズから奪ったグロック17をポケットから取り出して、ヤザの居る入り口に向かった。
そう言えば昔、皆でニューイヤーを祝ったときに、リズはSIGザウエルP-250を使ってみたいと言っていた事を思い出す。
なのに何故、グロック17なんだろう?
ただ単に、他の皆と合わせたと言う事なのか……。
「敵か!?」
「わからん」
「わからんとは?」
ヤザが振り向いて俺に笑顔を向けて微笑みながら言う。
「一昨日までは近づいて来る者は全て敵だと思っていたが、こんなに素晴らしい贈り物が来た以上、もう全てがそうだとは思えなくなってしまったよ」
そう言って俺の頭をクチャクチャに掻き回した。
“素晴らしい贈り物”
そう言われるだけでも嬉しい。
言葉で俺を喜ばすなんて、チョッとトーニに似ているところもあって意外だった。
「今はあの岩場の陰に隠れて居るが、2人居る。その後にも。もう1人」
「3人か」
「今の所は、その3人しか見えない――あっ、出てくるぞ」
約2㎞先に見えたのはベージュのサファリハットに同色の上下の服を着た二人連れ。
肩にはM-16タイプの自動小銃を掛けている。
「背は高そうだが、ナトー、何者か分かるか?」
「女だ」
「女!?」
「敵の女か?」
「いや、贈り物だ」
ヤザに待つように言ってから、入り口を出て迎えに降りた。
「どこへ行くつもりだ」
岩陰に腰掛けて2人が通るのを待って声を掛けた。
「ナトちゃん、ずるいわよ抜け駆けなんて」
ホッとした様に声を上げたのはエマ。
隣にはレイラが居た。
「なんで、ここが分かった」
「昨夜の事件で、ひょっとしたら、この上にある隠れ家じゃないかとレイラが教えてくれたの。ネッ」
エマがレイラを振り向いて見る。
肩に下げているのは、昨夜リズのアジトにあったM-16。
レイラはニッコリ微笑んで、ザリバンの幹部研修の時にバグラム空軍基地に一番近いアジトだったからと、教えてくれた。
「何故アフガニスタンに?」
おそらく動きを探るためにバグラム空軍基地に近い所に宿を取っていたのだろう。
だから昨夜の騒動に野次馬的に着いて来て、俺がここに居る事を確証したに違いない。
問題は何故俺が、このアフガニスタンに居る事が分かったかと言う事だ。
「匿名の電話があったの男の声で、ナトちゃんがアフガニスタンに向かったと」
「男の声?」
「下手な英語でね」
ガモーだ。
でも何故ガモーが……。
おそらくサオリの指示に違いない。
だとすると、アレを持って来ているに違いない。
「担架は?」
「担架なら、後ろから付いて来ている執事が持って来ているわよ。食料もね。武器はナトちゃんが敵から奪った物だけど、勝手に借りちゃったけど良いかしら?」
「いいさ」
エマたちが登って来た道の向こうには、300m程離れて大きな荷物を背負った男が一人、ヨタヨタと下を向きながら登って来るのが見えた。
執事と呼ばれたのはトーニだ。
「何故、トーニが?連れて来たのか」
「つけられたのよ。見え見えだったけれどね。彼、こう言った隠密の任務は向かないかも。もっともナトちゃんに何かあった時に誰を見張ればいいかと言うのは、恋する者だけが持つ直観で冴えていたのはさすがだと思うけれど」
恋する者だけが持つ直観は余計だと思った。
つまり、ハンスと出て行ったはずの俺が戻って来なかった事を不審に思ったトーニは、何かあると思い、エマをマークしていた。
そのエマの元にガモーから俺がアフガニスタンに居ると連絡が入り、レイラと一緒に空港に向かい、トーニはその後をつけた。
エマは、そんなトーニが隠密の任務に向かないと言ったが、俺はそうは思わない。
後をつけたと言っても、エマたちはその足で直ぐに空港へ向かったのだから、トーニは一旦寮に戻ってパスポートを取りに行く余裕なんてない。
既に様々な状況を予測してパスポートを携帯している辺り、さすがなものだ。
感心してトーニを見ている俺に気が付いたのかエマが付け加えた。
「確かに凄い所もあるのよ。空港まで私たちに気付かれないように追って来たのはいいけれど、まあ正直言うと職業柄つけられているのはわかっていたけれどね。パスポートも用意していたのもさすがだと思ったわ。でも……ねえ」
エマがレイラを見て笑った。
「彼、寮に財布を忘れて来ちゃったの。持っていたのはポケットの中にあった、たったの70ユーロだけよ」
「じゃあトーニは、どうやってエマたちを追ってここまで?」
「そりゃあ、もちろん私たちにお金を借りたに決まっているでしょ」
なるほど、そう言う手があったのか!
密かに追っていた相手から航空運賃を借りてまで追って来ると言う発想に至らなかった俺にとっては、まさにカルチャーショックに近かった。
呆れて両手を上げたエマとは反対に、俺はトーニのこの身のこなしは天才的だと思った。