【About breaking up②(別れについて)】
「おい、いいのか、あんなこと言って」
「ああ、あれでいいんだ」
「まったく、お前たちは……」
「仕方ない。行くぞ。15時に全員を集合させろ」
酷いことを言ってしまった。
心にもないことを。
心配してくれていたハンスに、あんなことを言うなんて、どうにかしている。
通路を抜け外に出て落ちてくる涙の雫を誤魔化す様に走っていると、いつの間にかグラウンドに来ていた。
入隊試験の最初に連れてこられた場所。
ハンスと初めて言葉を交わした場所。
そして初めてハンスに抱かれた場所。
周囲を見渡すが、そこにはハンスの姿はない。
振り返って後ろを見たが、そこにも。
まったく何をやっているのだ。
自分から喧嘩を売っておきながら……。
”走ろう!”
あの日の様に。
俺は上着を脱ぎ棄てて、グラウンドを走った。
”7周走れ、ただし時間は12分以内”
ハンスから初めてかけられた言葉。
あの日は9周走った。
時計を見て走り出す。
今日はもっと走ってやる。
あの日と同じ様にペースなど考えずに我武者羅に。
今の俺は、ここから始まった。
入隊試験。
ハンスとの食事。
LéMATのメンバーとの出会い。
リビアでのエマとレイラとの出会いと、バラクとの別れ。
パリのテロで更にミューレやベル、それにリズと、出会いが増えた。
コンゴでミヤンとの悲しい別れの後は、ユリアと再会した。
そしてザリバン高原で、数年ぶりに義父のヤザや俺を少年から少女に育ててくれたサオリと再会し、再び戻って来たパリでは偽ミヤンと本物のミヤンの魂と出会う事が出来た。
全ての起点はここ。
「ナトー頑張れ!」
数周目に不意に声を掛けられた。
見るとトーニが、あの日と同じ様にグラウンドの脇で大声をあげて見ていた。
次の周にはモンタナとブラームが加わり、その次の周にはフランソワ、ジェイソン、ボッシュ。
また次の周にはハバロフ、メントス、キースが加わり俺の分隊の全員が声援を送ってくれていた。
9周目を過ぎたとき、時計を見た。
もう直ぐ11分。
ラストスパートを掛ければ、なんとか行ける。
今までより更にペースを上げて走る。
あと20秒。
最後の直線に入ると仲間がゴールで待っていて、俺はその輪の中に疲れ切った体をあずけるように飛び込んでいった。
***
15時、会議室に謹慎中のLéMAT第4分隊全員が集められた。
「いよいよ本格的な処罰決定と言う訳か?」
「中東だったらムチ打ち」
「朝鮮だったら、機関砲で銃殺だぜ!」
「日本だったら、ハラキリか?」
「まあ、フランスだから体罰はねえだろうな」
皆がザワザワと勝手な事を言っている中、ハンスが遅れて入って来た。
「気を付け!敬礼!」
俺が声を掛けると、一瞬に彼らは選り優れた兵士に戻った。
「最初に言っておくが、今回、我々個人には何の処分も下されないことが決まった」
「やったー!」
一斉に歓声が沸き起こる中、俺はハンスに聞いた。
「今、我々個人にはと言ったが、それはどういうことですか?」
少し苦い顔をしたハンスが「それは、後で説明する」と言って、話を進めた。
「だが、トライデント将軍が退官される」
「将軍が?!」
「なんで?」
「なんにも関係無いのに……」
一同がざわつく中、モンタナが「それは将軍として部下の責任を取った。と言う事でしょうか」と、いつになく真面目に的を射た質問をした。
「それは明かせない」
「明かせないって事は、隊長は将軍の退官の理由を知っているって事ですね」
今度はトーニ。
「確かに俺たちは、やり過ぎたかも知れない。だけど相手はあのザリバン高原で指揮を取った黒覆面の男じゃないですか。DGSEもDGSIもパリ警察だって、追えなかった奴を俺たちは追い詰めた」
「それに、奴らは戦争を煽っていると言うじゃないですか。その連中を追い詰めアジトを潰した。褒められてこそだと思いますが」
フランソワに続いて、あの寡黙なブラームまでハンスに意見をした。