【The enemy captain is Liz①(敵の隊長はリズ)】
“勝った”
とは思わなかった。
これで全てが終わると思った。
全ての柵から逃げられると。
思った通り、彼女は私が向けようとした拳銃を、手で簡単に払い落とした。
格闘技戦で叶わない事は過去の戦いで分かっている。
スピードが自慢の私の技を、彼女はたった1度の対戦で会得してしまった。
小柄な分だけ私の方が幾つもの技をより短時間で繰り出せるが、彼女の場合は技そのもののスピードと破壊力が私に比べて断然違う。
今も次々に繰り出すハイキックやサイドキック掌底や突きなどを軽々とさばいてしまい、逆に彼女の長い脚から繰り出される回し蹴りは、防御する私の体を50㎝ほども吹き飛ばす。
“以前より、更にレベルアップしている。今の私に手に負える相手ではない”
彼女の回し蹴りから頭を守るために上げていた手を降ろした。
これで静かに眠る事が出来る。
おそらく何の防御もなく食らってしまったら、頸椎損傷は確実。
良くて生涯車いす生活。
悪ければ死か。
頬を風が撫でた。
当たる寸前、彼女はひざを折り、当てないように小回りに円を描いてみせた。
“背中を見せた!やるか!?”
しかし、体は動かない。
背中を見せた彼女の足が後ろからスーッと延びて、私の鼻先で止まる。
突っ込んでいれば、まともに顔面に食らった。
「なぶり殺しにするつもり?」
顔の目の前に上げられた足を、手で軽く払うと、彼女はゆっくりとその足を降ろした。
「リズ。どうしてここに居る?」
彼女は私の質問には答えないで、逆に質問をしてきた。
“たしかに、ナトちゃんからの質問の方が重要なようね”
やはり思った通り、ヤザの言った“中国の女”と言うのはDGSI(フランス国内治安総局)のエージェント、リズの事だった。
パリで俺たちが起こしたPOCのフランス支部破壊後の捜査状況を、パリ警察のミューレから聞いた時から胸につかえていたものが有ったが、それが悪い方向に現実として突き付けられた。
「何故、此処に居る」
「POCの手下だからよ」
「いつからだ」
「貴女が断った直後から」
俺が断った直後と言うのは、あの園芸店で偽ミヤンからの誘いを断った後の事か。
それで奴らは、秘密を知った俺の命を奪う作戦に変更したわけか。
「どうして?」
「あなた達の為もあるのよ」
「俺たちの為?」
「そう。重大な問題が起こる度に、外人部隊はまるで捨て駒の様に、激戦地に送られるでしょ」
「それは、俺たちが傭兵だから仕方のない事だ」
「貴女は、それを何とも思わないの?不条理な戦争の巻き添えで両親を失って、まだ社会について何も学ばないうちに復讐のために銃を持たされて、罪もない兵士たちを沢山殺し“グリムリーパー”と呼ばれて首に懸賞金まで掛けられたのに。戦争を怨んでいないの?」
怨んでいないかと聞かれれば、怨んでいるのは確かだ。
POCの理屈も分らないわけではない。
だが短絡的過ぎる。
「パリで平和に暮らして居るリズに何が分かる」
「パリで平和に暮らして居る?貴女は私の事を何にも分かっちゃいないわ。本当にそう思っているの?香港で暮らして居る両親のは、中国政府による国家安全維持法の発効によって勃発したデモ隊と中国軍や香港警察との争いを目の当たりに見て今は家を捨ててイギリスに居るわ。当然香港にある父の経営する会社も大変な事になっている。そして香港返還の際に一国二制度を中国に認めさせたイギリスはその協定が破られたにも拘らず非難する声明を発表したに留めているわ。今はデモも鎮圧されて、一見すると平和が戻ったように見えるかもしれないけれど、香港に住む人たちにとっては針の筵に寝かされたようなものよ。動くことも出来ずにジワジワと共産主義に侵されて行くのよ」
「それでPOCが必要な訳は?」
「独立の支援をしてくれるって約束してくれた」
「独立の支援?戦争が起こるぞ」
「起きないわ」
「何故、そう思う」
「強力な武器や抵抗手段を持つことは、侵略者たちから身を守る抑止力になるわ。それに……」
「それに?」
「今は中国政府に何も手出ししないで静観している各国も後ろ盾になってくれる。貴女も誘われたから聞いているでしょう。POCの後ろ盾は各国の政府にも強力な影響力を持つ金融機関だと言う事を」
なるほど、誘う相手によってセールストークを替えてくるところなど、さすがに金融機関だけの事はある。
香港の国民が自由のために香港軍を創設し、香港の海にアメリカ太平洋艦隊やイギリス海軍の船が並べば、中国政府と言えども下手に手出しは出来ない。
香港が中国政府の思いのままになれば、世界の金融機関が集まると言われる程の相場への信頼度は地に落ち、経済的に失うものは大きい。
自分たちの資産を守り、なおかつ香港の独立を支援させるために莫大な投資をさせ、そのつけを独立した香港政府が払う。
まるで日本の旧体制を滅ぼした明治維新の日本に使った、やり方のままだ。




