【Counterattack! Natow④(逆襲のナトー)】
「人形ではありません。熱反応があります!」
双眼鏡を持った男は、ホッとしたのか、大きくハッキリした声で伝えた。
「そんなバカなことはないはずよ――どいて!」
女指揮官は体当たりするように、三脚の上に乗せられた赤外線暗視装置にしがみ付いて覗いた。
中に見えるのは既に手足の表面温度は消え、俯せになっている胴体だけに朱と橙色が存在する人の形をしたもの。
それは、まさしく死体。
心臓が止まり血液が遅れなくなったことで、元々の血液量が多くない手足から先に体温が奪われてゆく。
「ベルゼに最終確認に向かわせろ」
ベルゼと言うのは、運良く森の入り口に辿り着いた隊員。
「応答しません」
グリムリーパーに襲われている時、何故奴の位置が見えないのか焦った。
真夜中なら容易にマズルフラッシュが見えて、位置が分かってしまうのに。
距離も位置も分らない相手とは戦いようがない。
屹度グリムリーパーは、狭い土管の奥に隠れて、獲物を撃っているに違いない。
土管の奥からなら、マズルフラッシュの見える範囲は極端に狭くなり見える範囲も狭まる。
だから左右から同時に攻撃を仕掛けた。
頭の良いグリムリーパーは直ぐにその事に気が付いて、視野の確保できるフィールドに出なければならない。
でなければ、常に横または背後から狙われる危険性を抱えた状態で戦わなければならないばかりか、移動することもままならなくなる。
そうなれば時間との勝負に持ち込める。
既に我々は峠の向こう側に駐屯させている部隊に、救援要請を掛けているから、あと1時間足らずでここに辿り着くはず。
予めグリムリーパーが潜んでいる事が分かっているのだから、ワザワザ正面に周り、相手に来たことを知らせることは無い。
左右背後、有利な位置から輪を狭めて行けば良かった。
それが自分が描いていた最良のシナリオ。
だがグリムリーパーは、それを察知して森に辿り着いたベルゼを倒すために、銃弾の雨の中に一瞬留まってしまった。
暗闇に見えたマズルフラッシュだけを頼りに乱射しているのだから、当たるか当たらないかは時の運。
可愛そうだけど、彼女にも運に見放される時が来たと言う事か。
「2人でグリムリーパーの死体を連れて来い」
「ボス一人になりますが……」
「もうグリムリーパーは死んだ。仮に仲間がいたとしても、その様な物にやられる私ではない」
2人が出て行ったあと、パイプ椅子に腰かけた。
あのザリバン高原での死闘さえ乗り越えた、あの伝説の狙撃手“グリムリーパー”。
まさか、この手で始末してしまおうとは思っても見なかった。
確かに本部からはグリムリーパーを始末しても良いとは指示を受けたが、自分自身彼女とは会わない事を願っていたし、もし戦いになったとしても生け捕りにして仲間に引き入れたかった。
しかしグリムリーパーの攻撃は“生け捕り”と言う甘い考えなど、思い出させる猶予も与えない程の攻撃だった。
普通の狙撃手なら、ターゲットを吟味しながら、時間を掛けて相手を追い詰めて行くがグリムリーパーの場合は違う。
目的を一瞬のうちに片付けてしまう。
情報の処理能力が早いと言うだけでは済まされない素早さと的確さは、攻められる者たちの思考能力をも奪い取る。
ズット傍で見ていたから対応できた。
日頃から敵に回った時の事を考えていたから、彼女に勝てた。
でも、それが自分にとって一体何になると言うのだろう?
グリムリーパーに襲われたことと、それを倒した事で身を動かす事はおろか、息……いや心臓を動かせることも辛く感じるほど疲れてしまった。
静かになった部屋に掛けられた時計の、秒針の動く音だけがカチカチと、いつもより大きく響いていた。
首に冷たい物が当たり、休みかけていた心臓の鼓動が再び高まる。
「なるほど、疲れているから時計の音がいつもより大きく聞こえると思っていたけれど、足音を秒針の音に隠していたからだったのね。どうするつもり?私を撃つ?貴方の残していったお人形さんを取りに行った2人も、直に戻って来るわよ」
「……」
「……そう、もう戻って来れなくしたのね。さすが“死神”ね!」
首に当てられた銃口が離れた。
このまま撃たれるのかと思い目を瞑り息を飲む。
すると、間もなくゴトリと重い金属が床に置かれる音が聞こえた。
「撃たないと見せかけて、ナイフで刺すつもり?それとも絞め殺すの?」
シュッという風切り音がしたと思うと、向こうの柱にナイフが突き立っていた。
「いつも通りフェアーね。お望み通り勝負を付けましょう」
そう言って振り向きざまに、腰に差していた拳銃を抜いた。




