【Principle of terrorism③(テロの原則)】
「やめろ!ヤザ、お前たちは利用されているだけだ!」
「分っている、そんなこと。だが俺たちに協力してくれるのは、今では彼等だけだ。中国は自国内でのイスラム教徒弾圧による、俺たちの報復を恐れて早くから縁を切って来た。ロシアもグルジアやベラルーシなど周辺諸国の民兵テロ組織を支援するのに忙しくて、もう俺たちどころではなくなってしまった」
ヤザは洞窟の広い場所にある焚火の傍に腰を降ろすと、腕組みをして目を瞑った。
埃だらけの衣服の数カ所は破れていて、血の滲んだ跡もある。
考え事をしている様子だが、座ったのは、おそらく疲れているからだろう。
「ちゃんと食べているのか?」
「ああ、お前たちが使うレーションと呼ばれる弁当の様に豪華ではないが、俺たちは俺たちなりに干し肉を携帯している……」
嘘だ。
見張りたちや、怪我をしているアサムと比べて、ヤザの皮膚はカラカラに乾いていて艶がない。
確かに干し肉は持っていただろうが、ヤザはそれを口には入れずに、自分の持っていた分の全てをアサムと仲間に分け与えているはずだ。
座った時、リュックを背負ったままだと言う事に気が付いた。
バイクを運転する俺のリュックには重い医療品は入れずに、サオリがベーカリーで購入したパンが入っていたので取り出して俺の分をヤザに差し出す。
「これ」
「これは?」
「パンだ」
「……」
ヤザが俺の差し出した手を見つめていたので、もう少し手を伸ばしてみせた。
「娘さんが、貴方の事を心配して、食べてって言っているのよ」
いつの間にか後ろに立っていたサオリが笑いながら言った。
「それは分るが部下を放って置いて俺だけが食べる訳にはいかないし、そもそも、このパンはお前たちの分だろう」
サオリが俺の隣に座り、リュックをひっくり返すようにパンを袋ごと取り出す。
「沢山あるから皆で食べましょうと言う事よ。ホント貴方の娘さんは何かにつけて言葉足らずで困るわ。子供の時に、一体どういう育て方をしたらこんな女の子になるんでしょうね」
「「すまない」」
サオリの言葉にヤザと俺が同時に答えてしまい、またサオリに笑われた。
「本当に、いいのか?君たちの食料だろう?」
「いいのよ。私たちなら、お腹が空けばいつでも買い物に行けるわ。それに貴女の優秀な娘さんは、もう監視の厳しい日中でも奴らに見つかることなく、ここから街へ行く事が出来るルートを見つけ出したみたいですよ」
「さすがだな」
「ありがとう。だが、そのルートはオフロードバイクがあるから走る事が出来ただけだ」
「使われていない崩れた林道だな」
「知っていたのか」
「当たり前だ、何年ここで戦っていると思う」
イラクを去りザリバン本部に向かう日、偶然街で出会ったのは、もう4年も前のこと。
あの街でヤザと別れたその直後に、サオリが直ぐ目の前で爆弾テロに会い、俺の前から姿を消した。
サオリの爆弾テロはPOCの一味になる事を決めたミランと、サオリとの戦いに俺を巻き込みたくなかったための偽装だったが、何も知らなかった俺は直前で姿をくらましたヤザがサオリを俺と引き裂くために殺したと勝手に勘違いして、その後ヤザの命を狙うために外人部隊に入隊する切掛けになる。
そして俺たち3人は、あのザリバン高原で再び出会い、ヤザがサオリの命を狙ってはいなかった事も、サオリが生きていたことも知った。
テロで両親を亡くし、テロで優しかった義母のハイファを亡くし、またテロで義父のヤザや赤十字で面倒を見てくれたサオリと別れてしまった俺が、テロ掃討作戦によって再び出会う。
どうやら俺はテロと縁が深いようだ。
ヤザが仲間を呼んでパンを分け与えている光景を、そう思いながら黙って見ていた。
皆が俺たちに感謝の言葉をかけて、また持ち場に戻る。
まだ子供だった俺を連れてザリバンに居た時は、まるで砂漠の狼の様にギラギラとした警戒心丸出しの目を光らせていたと言うに、今目の前に居るヤザときたら取りに来る一人一人の部下に労いの言葉をかけて、まるでお父さんみたいじゃないか。
イラクを襲ったあの忌まわしい戦争さえなければ、ヤザは今目の前に居るヤザの様に優しいままで、あの土間と壁と屋根だけで作られた家でハイファと共に朗らかに暮らして居るのだろう……。いや、ヤザは努力家だから屹度大工の棟梁になって、真っ白なプール付きの豪邸に住んで居るだろう。
けれども、そのプールで遊ぶのは俺ではない。
ハイファのお腹から産まれたヤザとハイファの子。
あの戦争が無ければ、俺も両親を失う事はなく、ヤザやサオリたちとは永遠に出会う事も無かったのだろう。




