【Emergency lifesaving③(救急救命)】
「誰だ!」
「ナトーだ」
「そっちの女は!」
「医者だ」
「ちょっと待て!」
見張りの1人が奥に入って行った。
知らない人間に対して、警戒心剥き出し。
まあ、そうでないと、こう言う組織では生き残れない。
ヤザの教育が徹底されていると言う事なのだろう。
見張りに連れられてヤザが来て、俺とサオリの持つ荷物を丹念に調べていた。
医療用具の中には武器になるメスや注射器もあるから、ヤザは医師免許を見せるように言った。
ヤザの要求に応えて、サオリがポケットから赤十字の医師資格証明書を出す。
受け取ったヤザは直ぐに気が付いて、目を丸くした。
「貴女がサオリさんですか」
「そうです」
「さあ、どうぞ」
俺たちはアサムの居る洞に案内された。
「アサム様、ナトーが医者を連れて来ました」
「おーターニャ、久し振りじゃのう」
「ターニャ!?」
驚いたヤザが振り返ってサオリを見た。
無理もない。サオリがターニャを名乗っていたときは目まで網の掛かったニカブを着ていて、殆ど声も出さないのだから。
「大丈夫ですか?」
「ああ、かすり傷じゃ」
「ヤザ、綺麗な水を用意して」
「綺麗な水と言っても、井戸水しかないが、それでもいいか?」
「いいよ。でもなるべく水を入れる容器は綺麗にしておいてね」
「了解した」
ヤザが水を取りに行っている間に、アサムの衣服を脱がし、持って来た水で体を綺麗に拭いた。
「痛いと思うけれど、少し持ち上げるよ」
「ああ。頼む」
サオリが目で合図するのを待って、俺とヤザの二人でアサムを持ち上げ、その間にアサムの体の下に薄いアルミのシートをひいた。
「バイタルを測って」
「はい」
サオリに言われ急いでバイタルを測る。
脇に体温計を差し、腕に血圧計を巻き、指には血中酸素濃度を測るためのパルスオキシメーターを付けた。
その間にサオリは、アサムの胸を開き聴診器を当てて心音や肺のノイズ、その他の臓器からの異音を確認していた。
サオリが聴診器を外したので、ノートに記入したバイタルの結果を報告する。
「酸素の用意をして」
「はい」
俺が酸素吸入の準備をしている間に、サオリはもう抗生剤の注射を打っていた。
「出来ました」
「OK、次は……」
「輸血ですね」
「うん」
再び聴診器に耳を当て、酸素濃度の調整を始めたサオリに余計な気を使わさないように、先回りして答えた。
輸血の為の棒を伸ばし、地面に固定している所に、水を汲みに行っていたヤザが戻って来た。
「そこに綺麗なタオルがあるから、濡らしてアサムの額に当てておいて」
「あっ、ああ」
ヤザは俺の言葉に、慌てながら絞ったタオルをソッとアサムの額に乗せた。
我が義父ながら素直で、ザリバンの大幹部と言う威厳のない様子に思わずホッとする。
もしもあの戦争が無かったら、ハイファと一緒に好い家庭を築けたことだろう。
サオリはアサムに麻酔を注射して、患部の処理と骨折部の治療を始めた。
ここからは俺も助手として働き、ヤザには照明の係りをしてもらった。
壊死した個所を薬とガーゼで削ぎ取るのを、死体など山ほど見ているはずのヤザが顔をしかめて心配そうに見ている。
俺はサオリの手伝いをしながら、時々サオリの額に浮かぶ汗を拭いた。
患部の処置の最後に、本来なら皮膚を縫って閉じたいところだが、サオリは被覆材を使用した。
これは外傷部が化膿していたことにより浸出液の量も多く、再び化膿する恐れもあったからハイドロサイド・ライフで開口部を覆った。
縫うと体液の逃げ場が無くなり、体内に周る事への影響を抑えるためだ。
最後に、麻酔の影響でスッカリ眠ってしまっているアサムの体を慎重に寝がえりを打たせるようにして、毛布で覆い手術は全て終わった。




