【Devoted gamo(献身的なガモー)】
「おいっ!」
体格のいい男が4人、前に周り、進行方向を塞ぐ。
「なんやねん」
「あっ!」
「ぶさっ!」
4人は女装した男の顔を見て、吐き捨てるように言った。
「ちょい待ち!人が気持ちよう歩いてんのに、その歩行の邪魔をして前を塞ぐなり“ブサッ”ってなんやねん。俺がオカマやったら、なんかアカンことでもあるんかいな」
「普通、もうちょっと……」
「もうちょっと?」
「それなりに……」
「それなりに?」
「見た目が……」
「見た目が?」
「つまり……」
「つまり? ひとりずつ、ごにょごにょ言わんと、ハッキリ言ったらどうやねん。ぶっさいくな男がケッタイナ格好しくさってと思うたんやろ。どないやねん。ええっ!?」
不細工なオカマの正体は、もちろんガモー。
そのガモーが、ナトーと勘違いして追いかけて来た4人に絡み、その一人に掴みかかった。
人違いをして狼狽えているうえに掴みかかられて最初は怯んだものの、直ぐに悪党らしさを発揮して、掴まれたまま「うるせーブス!」と悪態をつく。
「ブスの何が、悪いんや! 時代が違ったら、俺かて美人じゃクソッタレ!」
「そんな美人が何所の時代にも、居るわけなかろうが」
「なんやとぉ~!」
胸倉を掴んでいたガモーの手に、更に力が入る。
相手はそれを嫌がるが、意外にガモーの力が強くて離れられないのを知った後の3人が、ガモーに襲い掛かる。
「なっ、何すんねん! 1対4なんて卑怯やぞ!しかもか弱いオカマ相手に!」
それでも容赦なしに殴り、蹴る。
地面に丸くなったガモーが「助けてーお巡りさん!」と叫ぶ。
「アホ―!ポリなんか、そう簡単に来るもんか!」
相手は、攻撃の手を緩めない。
その時、パトカーのサイレンが聞こえて来て、攻撃の手を緩める4人。
最初小さかったサイレンの音が、しだいに大きくなる。
「なっ、なんだなんだ?!」
「ポリだ!」
「ヤバイ!ずらかるぞ!」
「ずらかるって、ボスには、どう説明する?」
「仕方ない、また“振り出し”だって言うしかないだろう」
余程警察が嫌なのか、4人は慌てて逃げて行った。
俯いて丸くなっていたガモーが、ゆっくりと顔を上げる。
その顔は殴られて唇を切って血を流しているが、微かに口が動いていて、そこから出ている音はパトカーのサイレン音だった。
「あー痛。悪者なんやからパトカーのサイレン聞いたら、サッサと帰らんかいボケ!」
唇の血を拭ったその手には携帯が握られていた。
「あいつ、俺の手の中に携帯忘れて行きよった……」
もちろん相手が忘れて言ったのではない。
組みかかった時、相手の背広のポケットからガモーが盗み出したもの。
「なになに……」
ガモーが大量に送られているメールに気付く。
“10:24 羽田から京急に乗った”
“10:37 京急品川で降りた”
“10:40 一旦改札を出た”
“11:00 まかれた”
“17:37 新宿駅前に11:50ナトーの姿を発見”
品川で追跡者が振り切られて、敵はあちこちの監視カメラ映像の調査を始めたらしい。
そして次にナトーを確認できたのは17時37分、監視カメラの映像は11時50分に西武新宿線に乗るために移動しているナトーを捉えた映像。
しかしもうその時間、サユリとナトーは既に飛行機で飛び立った後。
“02:59 新宿歌舞伎町付近の監視カメラに写っているナトーを確認。至急向かえ”
俺のことや。
これから公共機関の監視カメラの解析で、石神井公園まで来たナトーの足取りは掴まれるだろう。
だが、その後の足取りは掴めない。
奴らが変装した2人が貨物機でアフガニスタンに飛び立った所に辿り突いたとしても、おそらくそれは全てのミッションが終了し、何らかの発表があった後だろう。
それまでは、いくら敵が巨大だと言っても大掛かりには、何も手が出せない。
あとはミッションが上手く運ぶことを祈るだけ。
なにせPOCは巨大だし、抜かりが無い。
もちろん奴らも馬鹿じゃないから、現地には多くのメンバーと情報網を張り巡らしている事だろう。
人口が多く、まるでクモの巣のように複雑に張り巡らされた交通網を持つ、この東京よりも2人を見つけ出すのは簡単だろう。
ガモーは、2人が無事に帰ってくるようにと黒から濃い紫色に変わり始めた空に薄く光る月に手を合わせて無事を祈った。




