【Result of the battle②(戦いの結果)】
「そうか……」
ミューレが溜息をついた。
「ところでDGSIのリズは? 現場検証をした彼女に直接聞いた方が、俺に聞くよりよく分かるだろう?」
「んー……それが、なんか忙しいみたいで、あまり取り合ってくれねえ」
「何で?」
「分らねえが、現場検証の時から俺たち警察を締め出して、まるで人が変わった様に見えたぜ。――ひょっとしたら」
「ひょっとしたら?」
「嫌、なんでもねえ」
ミューレは、その先を言わなかったが、長年刑事を務めている彼は何か感じ取ったのだろう。
たった10日間、ここに引きこもっている間にも世の中は動いている。
しかし、どうしてリズが……。
ミューレが帰った後、今度はエマとレイラがやって来た。
「御免ね、謹慎だって?」
「まあな。たかが反社会組織に対して軍隊の、しかも特殊部隊が取るような行動ではなかったからな」
「しかし、胸が透く様に派手な演出だったわね。テルミット反応に水蒸気爆発」
「少しはトーニの事、見直した?」
「正直、見直したかも。ただのスケベ人間では、無いようね」
エマがペロリと舌を出して笑うと、レイラも笑った。
「酷いな、彼は、そんなにスケベじゃないよ」
「それは、ナトちゃんが居るからよ」
2人が声を合わせて言ったが、いまいち言われる意味が分からない。
「ところで、今日は何の用? まさか謹慎のお見舞いだけではないだろう?」
俺の言葉に、2人がまた顔を見合わせた。
「実はね。私たち転職することにしたの」
「転職?DGSEを辞めるのか!?」
今までにも、色々とエマの言葉には驚かされることが多かったが、今度ばかりは心底驚いた。
「どうして!? どこかに行っちゃうの? 何をするの? また会えるよね!」
矢継ぎ早に出る言葉と言えば、子供の言いそうな言葉だけ。
「どこで何をするかは、今は言えないの。会えるかって聞かれたら、会えなくもないって答えるしかないの」
「どうして?」
「ごめんなさい」
「どこかに行っちゃうんだね。じゃあ落ち着いたら連絡は……出来る、でしょ??」
2人はまた顔を見合わせて困った顔をする。
「出来ないの……?」
エマがコクリと頷く。
「……」
「……」
「……」
それから暫く3人の沈黙が続いた。
鼻がツンとして涙が零れそうになるのを必死に我慢しながら、なにか喋らなければいけないと焦って言葉を探していた。
「ひっ、引っ越しを手伝う」
暗くならないように努めて明るく言ったのだが、そのあとのエマとレイラの表情を見て更に気持ちが沈む。
「ごめんなさ――」
「あー……やっぱり今の発言は取り消し!荷造りだけにする。よく考えると部隊があるから、遠くまではいけないし引っ越しの日に出動命令が出ると逆に迷惑をかけちゃうから」
エマとレイラの言葉を遮るように言った。
「ありがとうねナトちゃん」
「うん……」
こんな事で、ありがとうなど言って欲しくなかった。
我慢していた気持ちが急に止められなくなりそうになり、しゅんとしてしまい俯いているだけで何も話せなくなる。
「……」
「……」
「……あっ、私、用事を忘れていた。悪いけれど先に帰るね」
席を立つレイラを止めたくて「急ぎなのか?」と、顔を上げた。
おそらく今の俺の顔は、欲しいものを強請る子供のような顔だろう。
20歳の女性の顔ではないことくらいわかっているが、どうしようもなかった。
部屋を出ようとするレイラのスカートの裾を、恨めしく思いながら見ていた。
できるなら、その裾を引っ張って止めたかった。
バタン。
ドアの閉まる音が寂しく響く。
部屋の空気が我慢できないほど、温度のないものに感じる。
そして心の中に押さえ込んでいた哀しみの風船が膨らみを増し、破裂しそうになるのを抑えきれなくなる。
「ナトちゃん……」
エマの温かい手が、冷たく凍え切った俺の手を優しく掴む。
「エマ……」
溜まりすぎた涙の一滴が、揺れるように零れ落ちて行く。
俺は、その滴に映るエマの顔と自分の顔の両方を同時に見ていた。
ひとつの滴の両側に映るその2つの顔は、滴の中では向い合い、いつものようにお互いを見つめ合って笑っているに違いない。
リビアで初めて一緒の任務に就くことになった日、コンテナの中でいきなり俺の服を脱がそうとして来たエマの腕を俺は捻り上げた。
高級ホテルの広いバブルバスに一緒に入った。
ムサと言う退役軍人の営む店の2階に、住みながら敵のアジトを探した。
リビアから帰ると、今度はパリのテロ騒動を一緒に担当した。
カクテル言葉を覚えたのもこの頃。
パリの次はコンゴ。
担当地域も違うので、この任務では会うことは無いと思っていたが、大統領暗殺計画を知った俺はジャングルの真ん中からパリに居るエマを呼びよせた。
そこでは俺たちは反政府軍たちと闘い、エマは反政府軍に指示を出していた一味と闘い大統領を暗殺の間の手から守った。
その次はザリバン高原でヤザを追って敵に捕らわれた俺を救いに来てくれて、最後はまたこのパリでの偽ミヤンによる騒動。
キナ臭い事ばかりだったけれど、エマとの思い出は楽しかった事ばかり。
一流のエージェントのくせに、いつも自由気まま。
ご飯もよく食べるし、その上スウィーツは別腹。
買い物が好きで、よくお店にも連れて行ってくれた。
男好きなのはチョット困るが、それにしても好奇心旺盛なティーンエジャーみたいで可愛い。
そう。
エマはいつも輝いていた。
まるで首に掛けた宝石みたいに、俺の直ぐ傍で。
色々な思いが詰まった滴。
やがてその滴に映った二つの顔は、二人の重なった手に落ちて弾けて消えた。