【Natow was dressed as a man.①(男装したナトー)】
空港でタクシーを拾い、3㎞程離れた所にあったショッピングセンターで降りた。
ここで俺たちは冬物のジャケットを買い、食事を摂った。
北緯34度31分のここカブールは日本で言うと、北緯 34度41分の大阪に近く、最高気温もこの10月は27度程あり日中は乾燥していて暖かい。
だが標高1800mに位置するため、日が暮れると途端に寒くなる。
サオリはビジャブを被り、既に旅行者ではなくターニャに変わっている。
俺は変装用のショートカットのウィックのおかげで、ダウンジャケットを着て男に変装した。
つまり二人は恋人と言うわけ。
これは敵に見つかりにくい効果もあるけれど、可愛いサオリを恋人として扱えることが凄く嬉しい。
「なんだか楽しそうね」
「だって、サオリが恋人役なんだもの」
「あら、私はナトちゃんより15も年上なのよ」
「でも可愛いだろ。背も小っちゃいし」
「あら失礼ね、これでも日本人の平均より2㎝高いんですからね」
「おっと、失礼」
「まあ、まるで紳士みたい」
そう言って二人で笑った。
ショッピングセンターからは、車で買い物に来ていた地元の人と交渉して空港の直ぐ傍のホテルまで送ってもらった。
つまり空港のパーキングでタクシーを拾ったのは、もし変装した俺たちにPOCの奴らが気付いたとしても、その足取りを混乱させるための偽装。
そして今度は女性の2人連れから、男女のカップルにすり替わっているから面白い。
ホテルに入って、2人でシャワー室に入った。
4年前の赤十字キャンプの時と同じように。
でも、思った以上にサオリに驚かれた。
それは俺の胸の発育。
「大きくなるって思っていたし、実際に合うとやはり大きくなっていたけれど、こうして服を脱いだ姿をみると思った以上ね」
「やだ。胸の事ばかり言っちゃ駄目!」
「ごめんね。でも、魅力的な良い女性になったね」
サオリが昔のように抱いてくれた。
「……ありがとう」
俺は目を閉じて口づけを待つ。
「……」
「ねえ、ナトちゃん。もう少し屈んでくれる? もしくはバスタブに腰掛けるとか」
そう。
4年前よりも背が伸びて、もうお互いが立ったままではサオリは俺の口に唇を合わすことが出来なくなっていたのだ。
結局俺がバスタブに腰掛けてサオリを膝にのせて唇を合わせたが、俺は充分満足したのだが、どうもサオリは違うみたい。
4年前は、少しだけ俺の背が高かっただけで、体重はあまり変わらなかった。
日頃外人部隊の仲間に囲まれているし、エマもレイラも背が高いから気にしていなかったが、今では身長176㎝体重59㎏の堂々とした体格になっていた。
サオリとは身長も体重も、まるで大人と子供もが逆転したように違う。
シャワールームを先に出て、ベッドに座り、俯いていた。
目の前でサオリの妹になりたかった昔の夢が、今にも崩れそうになった時、フワッとベッドの上に押し倒された。
「サオリ……」
「チョット背が伸びたくらいで大人になったつもりでしょうけれど、まだまだ貴女は子供よ」
「えっ!?」
「思い立ったが吉日とばかりにワザワザ敵の目に付きやすいシャルル・ドゴール空港から日本へ渡り、何も考えず監視カメラだらけの鉄道を使ってパスポートに書かれた昔の私の住所を訪ねるなんて、危機管理能力の欠如というには幼稚過ぎる。こんな子、絶対に一人では外に出せないわ。おかげで基地は引っ越しよ」
「でも、俺が来る前から、引っ越しの準備をしているって……」
「それは、貴女が屹度こういった行動をとってしまうと読んで、先に動いていたまでよ。でないと手遅れになるでしょ」
「ごめんなさい。色々迷惑を掛けちゃって」
「いいのよ。でも次からはもっと注意してね。私の大きな妹ちゃん。おかげでガモーは私たちのために時間稼ぎをしてくれているわ」
「ごめんなさい」と言葉に出す前に、唇を塞がれた。
そして昔のように足を絡めて温めてもらいながら、お話ししてもらう。
話の内容は、赤十字難民キャンプでの楽しかった日々の話。
寝る前に気になる事を思い出した。
「ガモーが私たちのために時間稼ぎをしているって、いったいどういう事?」
サオリは「それは、今度会った時、本人に聞いて」とニコニコ笑って毛布の中に潜り込んだ。
“変なの……”
東京の夜の繁華街、新宿歌舞伎町を歩く銀髪で背の高い外人女性の後ろ姿につられた2ロ組の酔っ払いが声を掛ける。
「ハロー!ハウ、マッチ」
外人女性が振り向いて返事を返す。
「なんやねんそれ、見ず知らずの人間に対していきなり“なんぼやねん”なんてゲス過ぎるやろ。ほな5枚言うたらホンマに払うんか」
後ろから見れば美女に見えたが、振り向いたのは予想に反した歪な顔。
そう。
外人女性に見えたのは、ナトーに変装したガモー。
「あっあっ、ご、ごめんなさい……ひぇ~~~~!!」
声を掛けた2人は、驚いて慌てて逃げた。
「なんやねんあの態度、まるでお化けでも見たように驚きよって失礼な。俺かて好き好んでこんな格好してんのとちゃうわ!」
ガモーは街灯の下に付けられた監視カメラを見た後、ハンドバッグから携帯を取り出す。
画面に映し出されたのは、背の高い銀髪の外人女性の姿。
歌舞伎町の現在時刻は真夜中の3時。
被写体を明るく映し出すために、解像度の低くなったその姿は、ナトーに見えなくもない……いや、ナトーを探す者にとっては、屹度本物に見えてしまうだろう。




