【From Japan to Afghanistan①(日本からアフガニスタンへ)】
「ねえ、どうして御両親の事が分からないと思う? 普通、犠牲者や行方不明者として公表されるから、少なくとも家族は直ぐに気が付くはずよね」
珍しく、サオリが落ち込んでいる俺を庇わずに質問してくる。
「それは、爆発で瓦礫の下に埋もれて……」
誰が何所で亡くなったかは、事件という事実と、死体と言う証拠の二つが一致していないと成り立たないと思っていた。
「旅行者ならビザや空港での入国手続きとかで死体が見つからなくても、行方不明として調査が進められるはずでしょ。そして現地に住んで居る人が亡くなったのであれば、死後数か月後から家賃や電気料金の滞納が始まるから、行方不明になっていることが分かって捜査が始まるでしょ。それなのにナトちゃんのご両親だけ、どうして犠牲者や行方不明者として扱われていないと思う?」
死んでいないと言う選択肢が直ぐに思い浮かんだが、それは自分自身で否定した。
両親が生きていてくれていれば本当に嬉しいけれど、サオリの依頼者が俺の親だったとすれば自分自身で探すはずだと思うし、人を雇うにしてもそれは協力者という形を取るはずで決して丸投げ的な依頼という形は取らないはず。
まして親なら、たとえ俺が残忍なGrimRerperだという事が分かっていても、引き取らないわけがない。
「二人の男女がこの世から消えたと言うのに何の痕跡もない。だから誰も探し出す事が出来ない。それが意味するものは何だと思う?」
「故意に正体を隠して行動していたという事なのか? でも、何故……まさか、諜報活動?」
「……さあ、私もそこまで詳しくは分からないけれど、そういう事なのかも知れないわね」
サオリは時計を見て立った。
ここに来て未だ30分も経っていないのに、何か用でもあるのかと思っていた俺の前に手を出した。
つまり、ついて来いという事。
勿論、休暇を楽しむために来たわけではないから、サオリの手を取って立ち上がった。
「ガモー、じゃあ後は宜しくね!」
「なんやそれ、引っ越しの手伝いに来たんちゃあうんかいな」
「引っ越しするの?」
「そう。ここも、もうヤバイの」
「それは俺がきた事と関係があるのか?」
「その通り、さすがね」
否定してくれれば良いのに、サオリは嬉しそうに、そう答えた。
「すまない」
サオリとガモーの2人に、頭を下げた。
「いいのよ。これは私たちにとって、後退じゃなく前進なんだから」
「前進?」
「さあさあ、急ぐわよ!」
道でタクシーを拾い、向かったのは羽田空港貨物ターミナルビル。
タクシーで、そのまま貨物ターミナルには入らずに、手前で止めて降りた。
サングラスとパーカーを渡されて、フードを被るように言われた。
「はい、これをぶら下げて」
渡されたのは首にぶら下げるストラップの付いたIDカード。
そのカードを使って、職員専用の建物に入る。
「何をするつもり?」
「飛行機に乗るのよ」
貨物に交じって秘密裏に、どこかに移動するのだと思うと、長い廊下を通って入った所はロッカールーム。
「ハイこれ」
サオリが投げてよこしたのは、ロッカーのカギ。
「ナトちゃんのロッカーは、そこよ」
見るとロッカーには“納藤”と書かれた札が挿してあった。
“『のうとう』……いや、『なとう』だ“
ロッカーを開けると白い制服が出て来た。
パイロットの制服。
「パイロットに紛れ込んで、どこかに移動するのか?」
「まさか、パイロットしのものよ」
「パイロットそのもの?」
「操縦するのよ」
「操縦する? 飛行の操縦なんて、したことがない。だから出来ないよ」
「出来なければ覚えてもらうわよ」
「教官も一緒に乗るのか?」
「貨物便ですもの、そんな人は乗らないわ。私と貴女の2人だけよ」
「サオリは操縦できるの?」
「勿論」
服を着替えると、ロッカーの中にはバッグもあった。
「これを持って行くの?」
「持って行くけれど、その前に、中の物を身に着けて」
長い髪を後ろに縛りながらサオリが言う。
中を見ると、ウィックと黒いセルロイドの眼鏡が入っていたので、言われる通り付けた。
黒のショートカットに黒縁の眼鏡を付けた自分の姿を鏡で見ると、まるで別人のよう。
「ナトちゃんにかかると、宝塚の男役トップスターも顔負けね。でもその胸、なんとかならないの?」
制服を突き上げている俺の胸を、サオリが人差し指でツンツンと突く。
「マズいか……サラシを巻いて、ジャンバーでも羽織ればなんとかなるが」
作戦実行に支障をきたす事を心配して真顔で言うと「そのアンバランスさが凄い魅力的」と言って抱きつかれた。
相変わらずのサオリ節炸裂。
サオリだってパイロットの制服が良く似合う。
小柄だけど、その分顔も小さいから、まるで制服のファッションショーに出も出て来そうな可愛いモデルさんのよう。




