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【A man called Gamo(ガモーと言う男)】

 ボートを降りて、道を渡った所にあるスイーツのお店に入りショートケーキを3個買った。

 何で3個?

 もしかしてP子もケーキを食べるのか?。

 石神井公園を後にしてサオリの後をついて行く。

 その道は、さっき俺が駆け抜けた道と同じ。

 サオリは、そのままあの目つきの悪いオジサンの居たビルのチャイムを押した。

 相変わらず人の気配はしないまま、ドアがゆっくりと開き、顔を覗かせたのはさっきの人。

 俺の時と同様に、サオリを見る目つきも悪い。

「ガモー、どうして私を訪ねてワザワザ来た人を追い返したのよ!」

 言葉とは裏腹に、サオリの声は楽しそう。

「そうかて、会った事も無い外人さんが訪ねて来て、はいそうですかって家に入れられんやろ」

「そうかしら」

 少し不満そうにサオリが睨むとガモーは少し恐縮して謝り、サオリは満足そうに頷いて部屋に上がった。

 入り口はタイルの張られたスペースと板の敷かれたスペースとに分けられ、サオリはタイルのスペースに靴を脱いで上がったので俺もそれにならいタイルのスペースに靴を脱ごうとすると、その一部始終をガモーが睨んでいた。

「すみません。上がっても宜しいのでしょうか?」

 あまりにも変な顔をして睨まれるので聞いてみると「上がったら、ええがな」と面倒くさそうに返され、恐縮しながら「おじゃまします」と断って靴を脱いでタイルの端に向きを変えて揃えて置く。

 ガモーは、これも嫌そうな目つきをして見ていた。

「ケーキを買ってきたから、お皿に盛って頂戴」

「ケーキでっか。直ぐにお茶入れますわ。あんさんは?」

 “あんさんは”と言う言葉が何を意味するのかハッキリと分からなかったが、その前の言葉で聞かれている事を察知して「お茶で」と答えると、ガモーはまた嫌な顔でひと睨みしてからキッチンに消えた。

 部屋の中は少し埃っぽくて、生活感がない。

 だけど、床の汚れ具合から家具が置いてあった痕跡はあった。

 “引っ越すの?”

 なんとなく、そう思った。

「ナトちゃん、こっちよ」

 呼ばれた畳の部屋には足を短く切ったテーブルだけが置いてあり、そこだけ綺麗にクリーナーが掛けられていた。

「おじゃまします」

 サオリが座布団を出してくれたので、その上に正座すると直にガモーがお盆にお茶とケーキを乗せてやって来た。

 テーブルにケーキを置き、急須からカップにお茶を注ぎ、そのカップを俺の前にスーッと置いた。

 また睨まれている……おそらく、お茶の作法を心得ているか試すつもりなのだろう。

 だが、俺も伊達に日本が好きなわけじゃない。

 日頃から図書館に通い、日本の文化については熟知しているつもりだ。

 俺はお茶を入れてくれたガモーに「お点前頂戴いたします」と頭を下げて、軽く茶わんを上げ神仏に感謝を示してみせた。

 それからカップを左手にのせて軽く右手を添え2度に分けて茶わんを回し軽く口に含むように3回に分けて飲み、最後はすするように少しだけ音を出して飲み干し、今度は手に持った時と逆方向にカップを2度回してからテーブルの上にカップを置いた。

 それから置いたカップを少し傾けて、模様や形を眺めた後で、出された位置にカップを戻してお辞儀をした。

 俯いた顔を上げた時、ガモーの顔が緩んでいるのがハッキリと見て取れた。

 “ざまあみろ!俺を試したつもりだろうが、お茶の作法くらいチャンと勉強しているのだ”

 そう思うと、自然と余裕が出来て口角も上がる。


「お前いま何したつもりやねん? 微妙に口角を上げて目をキラキラさせとるっちゅう事は、まさか“私、お茶の作法くらい知っていますわ”と言でもいたいんか?」

 このガモーと言う男の言葉は所々分からない部分はあるが、お茶の作法について云々言っているのは分かった。

 しかし、間違えていないという自信はあったし、横に居るサオリだっていつものようにニコニコして俺を見てくれていた。

 俺はガモーの問いかけに、自信を持って「Yes」と答えた。

 すると彼の顔は元の醜い顔に戻り、般若の様な目で俺を見据えて言った。

「なにがYesやねん。全然違う!この外人さん勘違いも甚だしいわ。第一これは立てたお茶やのうて、急須で入れたお茶です。第二にこれは茶碗やのうて、湯飲みです。最後にお茶葉について言わせてもらいますが、今入れたお茶は抹茶やのうて、ただのほうじ茶です。それをアジア人嫌いの、おフランス人のくせして、一丁前に日本びいき気取って……普通に飲んだらええねん。普通に!」

 完全に怒り口調。

 なんで怒られたのかよく分からない。

 確かに、本の通りお茶を飲んで見せたのに、普通に飲めと怒られた。

 意味が分からず、サオリの顔を見ると、相変わらずニコニコと優しい笑みを俺に見せた後、ガモーに対して急に厳しい表情を見せて言った。

「ちょっとガモー。その美人を扱き下ろす癖止めなさい。初めてなのよ日本に来たの。なのにチャンと玄関で靴を脱いで、脱いだ靴を隅に向きを変えて揃えて置き直し、座布団の上で正座して、お茶を出されたらお辞儀をして……。褒めて教えてあげるのが普通でしょ!それを、ここぞとばかりナトちゃんの上げ足を取って。もうサイテーな男ね」

 サオリにサイテーと言われたガモーは、急にシュンとしてしまい、俺に頭を下げて「えろうすまなんだなあ」と言った。

 相変わらず難解な東京の言葉だがガモーの態度と、さっき迄と違う声のトーンで、これが謝罪を意味している事はよく分かる。

 俺だって非が無かった訳ではない。

 お茶が出されたとき、本で見た茶碗より小さなものだという事や、お茶を立てていないことは分かっていた。

 なのにガモーやサオリに聞きもしないで、良い所を見せようとスタンドプレーに走ったのが、そもそもの原因。

 だから、正直にそこの事を二人に伝え、頭を下げているガモーに謝った。

 頭を上げたガモーはポカンとした表情で「お前、ホンマは、ええヤツやったんやな……」と呟いた。

「“本間はAヤツ屋、ダイアナ”って何?」

 ガモーの言った“お前”の後の言葉の意味がサッパリ分からなかったのでサオリに聞くと、大笑いされて顔を赤くすると、ガモーもその俺を見て、はにかむ様に笑った。

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