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【I want to see Saori①(サオリに会いたくて)】

 14時間の長い飛行機の旅を、俺は有意義に寝て過ごした。

 羽田に着くと直ぐに地下鉄に乗り品川と池袋で電車を乗り換えて、石神井公園駅で降りた。

 駅前から公園通りと言う道沿いに約1.5km歩いた小学校の先に有る住宅街の一角が、パスポートに書かれてある住所。

 ここが本当にサオリの住所と言う保証は何もない。

 もし4年前まではそこに住んで居たとしても、今もそこに居るとは限らない。

 そして訪ねた時に、サオリが居るかどうかも。

 小学校の前まで走り、そこからは呼吸を整えるために歩いた。

 次の角を曲がった所に、サオリの家があるはず。

 サオリの苗字は白川。

 つまり、表札に白川と書かれていれば、そこはサオリの家に間違いない。


 恐る恐る角を曲がり、目的の家に近付く。

 サオリに会えるかもしれない喜びと、まったく違う人の家かも知れないと言う不安が心臓をドキドキと脈打たせる。

 角を曲がると、そこには4階建ての会社の様な建物があった。

 建物の屋上には天体観測でもしているのかドームがあり、無線も趣味なのか大きなアンテナもあり、衛星テレビ受信用にしてはかなり大きいサイズのパラボラアンテナもある。

“国際赤十字で世界中を飛び回るサオリとの無線連絡に使っているのかな?”

 そう思って近づくと、入り口には“白川”の表札はなく“株式会社 平和堂”と言う何の職業か分かりにくい小さな看板が掲げられてある。

 職場兼住居なら、中に入って聞けばすぐ分かる。

 もしも住居が他所に有ったとしても、屹度教えてくれるだろう。

「こんにちは!」

 声を掛けてドアを開けようと思ったが、鍵が閉まっていた。

“休みなのか?”

 ドアの横にインターフォンが有るのを見つけ、今度はそのボタンを押し、もう一度「こんにちは」と挨拶をする。

 しばらく待つがインターフォンからは何の音沙汰もない。

 人の気配すら感じられないので、近所人にこの建物の持ち主に付いて聞いてみようと背中を向けた時、ガチャリとドアが開く音がして慌てて振り返った。

 出てきたのは背の高いガリガリに痩せた中年の男。

 目つきは悪く、どこか不満気な表情で俺を睨む。

「あんた誰や?」

「……」

 アンタとは、おそらく俺の事を指すのだろうと思いナトーだと答えると次は「なんの用や?」と聞かれた。

 サオリから日本語の中には沢山の方言と言うものが有るとは聞かされていたが、これが屹度東京の方言なのだろう。

「ここは白川さんの、お宅ですか?」

「白川?知らんな、あんた何でここを訪ねて来たねん?」

「4年前に白川サオリさんが、ここに住んで居たはずなのですが」

「4年前?うちは4年前にここにビルを建てたんやけど、屹度そら前の持ち主さんやな」

「では、白川さんは今どこに?」

「そんなん知らんがな、うちは探偵や無いさかい、その白川さんが家を売りはった不動産屋にでも聞いてんか」

「あの、お宅が買われた不動産屋と言うのを教えて頂けませんか?」


「教えたってもええけど最近は個人情報にやかましいから不動産屋も、そない訳の分らん外人さんに、そう易々と教えてはくれんやろね」

 この男の言葉は所々意味不明なところが多いし、それよりも気になるのはこの男の目つき。

 俺の顔や体の隅々まで見るばかりか、通りを歩く人や車までその細い目で睨みつけるように見ている。

 用心深さは軍人以上で、まるで追われている犯罪者のよう。

「ほれ」

「あっ、ありがとうございます」

 いつの間に書いたのか、男から住所を書いた紙を渡された。

 この男からはもう情報も取れそうにもないし、気味が悪くなり男が紙に書いて渡してくれた不動産屋に行くことにした。

「すみません。お仕事中にお邪魔して」

「お役に立てませんで、えろうすんませんな。折角来たんやさかい氷川さんにでも立ち寄ってみなはれ。良い事があるかも知れんよって」

「氷川さん?」

 男は少し身を乗り出すと「あそこや、石神井公園の」と指をさした。

 どうやら、男が指差した石神井公園と言うところに氷川と言う人物が居るらしい。

「ありがとうございました」

「ほな、気いつけて。会えるとええな、白川サオリさんとやらに」

「はい」

 気難しそうだが、左程悪い人ではないらしい。

 それにしてもあの目つきと、ドアの向こうで気配を消していた動きが気になった。

“ひょっとして忍者の末裔?”

 目つきの悪い男に言わるまま、石神井公園に向かって驚いた。

 そこには神社があり、昔サオリのアルバムで見せてもらった神社と同じだった。

 確かに4年前までサオリの家は、あそこにあったのだ。

 急に嬉しくなり、神社にお参りしたあと社務所をさがし、そこに居た女性に白川サオリについて聞いてみた。

 女性は分からないと言ったが、宮司は何やら知っている様子に見えたが、余程特別な事があったのか住所は教えてはくれなかった。

“折角日本に来たのに、当てが外れたか……”


 一杯食わされた。

 結局”氷川さん”なる人物は存在していなくて、この神社そのものが、その”氷川さん”だったのだ。

 そう。

 日本人は、擬人化が好きだ。

 例えば、奈良や鎌倉などの大仏像のことは、たいていの人が親しみを込めて「大仏さん」と呼ぶ。

 神社や寺院でも、そこに居る宮司さんやお坊さんと同じ様に「観音様」「稲荷さん」「お寺さん」と“さん”を付ける。

 サオリから聞いて一番驚いたのは、お祭りにも“さん”を付けると言う話し。

 その代表が京都の祇園祭。

 京都に住む人たちは、このお祭りのことを「祇園さん」と呼ぶらしい。

 サオリには会えなかったけれど、日本に来てなんとなく焦っていた気持ちがスーッと穏やかになって来るのが分かった。

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