尻を叩かれなければ
あれほどアリシアに稽古をつけてもらっていたというのにあまりに不甲斐ない自分自身が悔しくて情けなくて、ナニーニは、
「えぐっ……えぐっ…!」
としゃくりあげて声を殺して泣いていた。けれど、アリシアはそんな彼女を叱責することもない。アリシアにはそんなことをする理由もないからだ。
代わりに、
「ナニーニ。悔しいと思うのでしたら、何が自分に足りなかったのかを考えてください。
ただ、一つ、申し上げておきます。今回の結果は、私から見れば当然のものでした。今のあなたに足りない部分があることが確認できたことは僥倖と言えます。ですから、今後は稽古の内容をさらに実践に向いたものに変えていきましょう。
今回のことは、あなたに責任はありません。あくまで私の判断ミスです。とは言え、あなた自身にとっても大きな経験になったと思います。あなたに足りないものをあなた自身でもよく考え、意識してください」
とだけ告げた。
そんなアリシアに、ナニーニは、
「私は……! 私は……っ!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら縋るように声を上げた。不甲斐ない自分を叱ってほしくて。
こういう時は、
『何をやってるんだ! もっと稽古に励め!!』
的に叱責されるものだと彼女は考えていた。叱ってくれないのは、自分に見込みがないからだと思ってしまった。見込みがないから叱る価値さえないと思われたのだと感じてしまったのである。
けれどそれはまったくの思い違いだった。アリシアは彼女を甘やかすために叱らなかったのでも、彼女の才能のなさに呆れたのでもなかった。これはむしろ<厳しさ>である。
『尻を叩かれなければ自覚もできないような者に<才能>などない』
ということだ。
ナニーニの<才能>は、確かに歴史に名を残す<英雄>となれるほどのものでないのは分かっている。元々そのように設定されているし、彼女のアルゴリズムの設計そのものを解析できるアリシアにとっては、『凡人の域を出ない』ものであることも分かってしまった。
しかしだからこそ、愚直なまでの努力が必要であり、尻を叩かれなければその努力ができないような者では到底成し遂げられるものではないのだ。
叱り飛ばさないのは、『優しい』からじゃない。これはナニーニ自身が自覚するべきことであり、自覚できないのなら早々に諦めるのが本人のためでもあるのだ。
ここでフィクションに出てくるような<熱血指導>や<しごき>をしてナニーニの人格を歪ませたとしても、本人に自覚がなければ芽は出ないし、芽が出なければただの<歪んだ人間>が出来上がってしまうだけである。
アリシアが引き継いだ歴代のメイトギア達が蓄えた膨大なデータは、それについても示していたのだった。




