効かない薬
コデットのそれが、もし、<盗癖>であったなら、メリットデメリットの問題ではなかっただろう。<盗癖>と呼ばれるものは、本人がデメリットしかないことを承知していても抑えられない衝動だったりするからだ。
しかしコデットの場合はあくまで生活習慣に基いた<焦燥感>や<強迫観念>から来るものなので、状況が改善され、焦燥感や強迫観念が生じる前提が失われれば、やがて収まっていくものでしかなかった。
どのようなことであっても、<原因>があってこそ<結果>がある。的確に原因が除去されれば別の結果が得られるのは、極めて自然な話のはずだ。
効かない薬をいくら投与し続けても症状が改善されないように。
何千年も投与し続けても<症状>が改善されなかった薬(対処法)に縋るのは怠慢というものだろう。
アリシアはただ、
<コデットの事例において具体的に効果のある対処法>
を実践しているだけだった。
後は、焦らず経過観察をするだけだ。結果が出る前に焦って余計なことをすれば上手くいかないのは当たり前のはずである。
化学実験などでもそうではないだろうか? 反応が出るまでに時間がかかる実験で、反応がないからと余計なことをして実験そのものを台無しにしてしまうということがあったりはしないか?
一度や二度、注意して改まらなかったからといってそれで、
『口で言っても無駄だ!』
と断じてしまうのは、あまりに拙速に過ぎるというものではないか?
注意深く経過を観察し、そこで現れる僅かな変化を見て取り、それに則した<次の手>を打つというのが、<大人>であれば求められるのではないだろうか?
普通は、仕事であってもそういうもののはずである。
講じた手段がどのような影響を与えているのかを冷静に客観的に分析し、次を講じるというのは、当然、行われているのではないのか?
それが、こと<育児>となると途端に拙速になってしまうのは何故なのか?
すぐに結果が出ないだけで見限ってしまうのは何故なのか?
幸い、メイトギアには、人間の心理を察するために僅かな表情やバイタルサインの変化を読み取る機能がある。人間の目にはまったく変化がないように見えても、すでに変化は現れていることもある。
そして、この時のコデットがそうだった。
表面的には反抗的に振舞っていても、もうすでにそれは、
<試し行動>
へと移行していた。アリシアが本当に、コデットがこれまで見てきた大人達と違うのかどうかを、試しているのだ。
<試してみてもいいと思える存在>
だと、実は認めてくれているのである。




