第8話 天城のいない依頼、
天城が退院するまであと三日。
しかし、未だに依頼には一人も来ず、静かなる一時がその一室には流れていた。
ポストへと行ったきり返ってこない才花を心配し、ソファーで丸まっていた黒猟犬は玄関へと向かっていた。だがその瞬間に扉は勢い良く開き、扉にぶつかった黒猟犬は勢い良く床に転がった。
「黒猟犬さん!?」
才花は横たわる黒猟犬を気にかける。
「それよりどうした。そんなに急いで」
「依頼ですよ依頼」
「とうとう来たか。で、内容は?」
才花は封筒を開け、中に同封されている手紙を見た。しばらく眺めた後、才花は驚いたように言った。
「ねえ黒猟犬、妖かし退治の依頼だった!」
「そりゃそうだろ」
「でもでも、私は妖かし語りじゃないよ。妖かしなんて絶対退治できないよ」
才花は必死に黒猟犬へ言った。
「安心しろ。一応俺はそこそこ上位の妖かしだ。どうせ依頼の内容は下位の妖かしの討伐」
「でも見て。これ」
才花はそう言い、黒猟犬へ手紙を見せた。
『最近、私たちの住む川で見たことのない謎の妖かしが出現しました。その妖かしは私たちの仲間を何人か喰らい、川も荒らされました。
どうかその妖かしを倒してください。
河童川の河童より』
「河童川の河童って……妖かしからの除霊依頼か。これはかなり、難しい依頼ってことだな」
黒猟犬の表情は強ばった。
それでも才花を不安にさせぬよう、黒猟犬は明らかに作った笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。俺が倒すから」
「ならいいけど……」
と言いつつも、内心かなり心配であった。それでも黒猟犬に賭けるしか選択はなかった。
才花と黒猟犬は依頼主のいる河童川へと向かった。そこはいつもは透き通るほどに美しい綺麗な川なのだが、視界に広がっているのは黒く禍々しく汚染された川。
そこから強力な妖気が感じ取れる。
黒猟犬は内心かなり焦りつつも、面には出さず、河童川の河童へと話を聞いた。
「確かあれは昼が過ぎてまだ夜の来ていない薄暗い時でした。僕たち河童は皆楽しく遊んでいたんです。でもそこに黒く禍々しいオーラを纏った何かが近づいてきたんです。その妖かしは次々と仲間を食べ、しまいには川をこんなに黒くして……許せないんです」
その河童は強く拳を握り、悔しそうに膝を叩いた。
「お願いです。どうかあの妖かしを倒してください」
その河童は頭を下げた。
その背には何人もの河童の姿が見えた。
「愁お兄ちゃん。恋葉が……」
愁、そう呼ばれた頭を下げている河童のもとへ、まだ幼い少女の河童が歩み寄る。
目には涙を浮かべ、そしてどこか嬉しそうな顔をしている。
愁は走り、少女の後を追う。黒猟犬と才花もその後を追う。
「恋葉、恋葉、恋葉……」
愁が何度も呼び掛ける河童。その河童は横たわり、そして身体中に黒いあざのようなものができていた。それに苦しみつつも、恋葉は痛みを我慢し、口を開いた。
「愁お兄ちゃん。私……死にたくないよ」
「恋葉……」
愁は恋葉の手を握る。
「愁お兄ちゃんはさ……もういい歳なんだから早く主を見つけないと……それで一人前に妖かしになって、それで……早く一人立ちしてよ。愁は相変わらず臆病だからね」
「恋葉……」
「愁お兄ちゃん、私は大丈夫だよ。だから必ず、いつか見つけるんだよ。大切な大切な、主を」
「ああ……」
恋葉は愁に手を握られたまま力尽きた。
人が死ぬように、妖かしもいつかは死んでしまう。
愁は恋葉のすぐ隣で泣き崩れ、他の河童たちは気を遣って愁と恋葉の二人きりにする。
才花と黒猟犬も立ち去り、川をしばらく眺めていた。そこへ先ほど愁を呼びに来た一人の河童が二人へ歩み寄る。
「私は淋。お願い。私も妖かし退治に付き合わせて」
彼女は至って真剣にそう言い、二人を見た。
とそこへ、黒く禍々しいオーラが立ち込めた。その瞬間、淋は二度目の感覚に全身を痺れさせた。
その予想通り、再びこの河童川にはあの妖かしが来ていた。
才花は震えている。しかし、黒猟犬の隣に立ち、振り返って言った。
「淋と言ったな。ここから先は大人の出番だ。だから私たちに任せときな」
目の前に現れた妖かしを前に、黒猟犬は呟いた。
「才花。奴は逢魔時、心してかからないと、死ぬぞ」
「ああ。上等だ。大切なものを奪う妖かしは大嫌いなんでね、だからこの戦いだけは負けられない」
才花は両手に落ちていた木の枝を持つ。
「行くぞ。才花」
「了解」