第7話 裏で暗躍せしめし者は
そこは黒妖市のとある場所。
そこに建てられているとあるビルの上で二人は話していた。
「倒されちゃいましたよ。せっかく封印を解いてあげたのにさ」
「仕方ない。今じゃなかったというだけの話だ。それに、天城聖華、彼女に興味が湧いてしまったよ」
黒い鴉を連想させるような面を被し、漆黒のマントに身を包み込むその男。彼は退屈そうにそこから見える夜の街を見つめ、ため息をこぼした。
牙が生え、背中から黒い翼を生やした男は彼へと視線を向けた。
「相変わらずつまらない世界だ。本当に退屈で、絵に描いたような世界なんてどこにもない。あー、退屈」
「良いじゃないですか。天城聖華、彼女という強い妖かし語りが出てきたんですよ。それに彼女についてさらに気になることがあるんですよ」
「気になること?」
「はい。彼女は記者からの取材を全て断っており、経営状態が困難になっている今もそれは変わりません。つまり彼女は何か隠したいことがあるんですよ」
「では期待するとしようか。天城聖華、彼女という存在に」
「そうですね。クロウ様」
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「ようやく起きましたか。天城さん」
目を開け、初めて聞いた言葉がそれであった。
目の前に見えるのは懐かしく感じてしまう才花の姿。それに彼女の横には全身に包帯を巻き、天城を見ていた風絶丸の姿もあった。
そして何といっても、頭のすぐ近くでお座りをしている黒猟犬に愛おしさを感じていた。
「どうやら……命だけは助かったみたいだ」
病室で横たわる天城は、皆の顔を眺め、そして生きていることに心から感動をしていた。
「蝉時雨は、倒せたっけ?」
「はい。天城さんがいなければ世界に猛威を振るっていたところでした。ですが天城さんのお蔭で、世界は蝉時雨に支配されることはなくなっているんですよ」
才花の言葉に、天城は安堵した。
「そうか……。良かった」
「聖。退院できるには二週間後らしい。だからそれまで大人しくしていろ」
「ああ。そうだな」
天城は疲れていたのか、体をぐったりとさせ、吐息を漏らしながら思い出していた。
「何とか……何とか勝ったんだな」
天城は呟いた。
「勝った……勝ったんだな……」
何度も何度も、そう呟いた。
蝉時雨との激しい戦いは終わった。今度こそ本当に終わったんだ。
巨大な敵を倒し、天城は笑みをこぼした。
「やはり私は、まだ弱い」
天城は見ていた。
その方角には緑妖市があった。
「鬼灯さん。あなたの授業、もう少しだけまともに受けとけば良かったですね」
病室で一人、天城は言った。
今は真夜中。
才花は黒猟犬とともに事務所へと返っている頃だろうか。そして依頼でも来ているだろうか。
天城民間除霊事務所は年中無休。それは所長である天城が人を助けたいと思っているからだ。
だから天城が入院している間も、才花と黒猟犬は事務所にて依頼人を待つ。
「風絶丸。それほどの重傷だろ。退院はいつになるんだ?」
隣のベッドで包帯をぐるぐる巻きにされている風絶丸へ、天城は問う。
「なあ天城、明日退院するよ」
「まだ怪我も治っていないだろ」
「ああ。だが今回の一件をきっかけに、我々の一族は本格的に動くことになった。だから一日でも早く復帰しないといけない」
「そうか。お前の一族はかなり大変なんだな」
「ああ。そこで天城に伝えておく。今回蝉時雨の封印を解いた何者か。その者の目的は恐らく世界を再びかつて妖かしが支配していた世界へと戻すことだ」
「かつて妖かしが支配していた世界……。随分と大がかりなことをしている者もいるのだな」
「天城、気をつけろよ」
「了解」
裏で暗躍している謎の存在。
その者の目的は何なのか、それを知るには、まだ時は早すぎる。