第48話 いつだって世界には正義と悪が存在する、
当たり前のことだ。
だが私はその事実に目を背けてきた。背け続けてきた。
見たくなかったから。見ようともしていないと思い込みたかったから。
懐かしい。
私にとって、過去はあくまでも過去のまま、私の心に居座り続ける。
あとえそれが、楽しい思い出であれ苦しい思い出であれ。
ーー今日も天城民間除霊事務所には誰もいない。
毎日毎日事務所へ足を運んでいた彼女は、未だ天城の帰りを待っている。
ようやく見つけた彼女へ謝りたい、ただその気持ちだけを抱えて。
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天城聖華の逃走。
白鳥美伊紗の失踪。
裏の世界の支配者、妖かし殺しリーダーのクロウには目立った動きはない。
全てのタイミングが偶然にも揃っている。これは本当に偶然だろうか。ーー否、何者かが仕組んだ計画である。ーー否、皆が求める世界はたったひとつ、そこへ向かって必然的に世界が動いているだけである。
故に、これはあくまでも必然であり、当然である。
「この戦い、俺たちは負け、そして死ぬだろう。だが未来、この先に生まれてくる妖かしたちはきっと良い人生を歩めることだろう。行き過ぎた正義、皮肉するように我々を讃える者は必要ない。今の我々に必要なのは、容赦なく牙を向いてくれる人間側の正義だ」
そう呟くと、妖かし連盟本部を前にしている男は仮面をつけ漆黒の翼を広げる。
「これが最後の戦いとなろう。覚悟は良いか。お前ら」
仮面をつけ、後ろにいる妖かしたちへ振り向いた。
後ろにいる妖かしの一方は覚悟を決めたような表情で立ち振舞い、もう一方の集まりの妖かしたちはなぜだか悲しげな顔をしていた。
皆覚悟を決めている、一概にそうとは言えなかった。
彼らは戦い、ここで負ける。その歴史をここへ刻もうとしている。
妖かし連盟という、皮肉な場所の前で。
「では白鳥美伊紗、始めましょうか」
男の横には黒い剣を持つ白鳥美伊紗がいる。
彼女はその剣を高く掲げると、その剣へ黒い邪気が集まっていく。
「それが黒天剣の特性。周囲にいる者たちの邪気を吸い取り、力へ変える。さあ振るえ。そして世界に刻もう。我々悪役の存在を」
男はーークロウはそう叫んだ。
十分に邪気が蓄えられ、巨大な漆黒を纏い人一人分ほどの大きさしかなかった剣が今では遥か天を貫くほどに巨大化していた。
躊躇なく彼女はその剣を振り下ろした。その剣は妖かし連盟本部を粉々にし、そこへ巨大なクレーターを残した。ヒビが入り、砕けた地面からは砂煙が上がっている。
妖かし連盟本部は、今では瓦礫となって周囲には散らばっている。
そんな状況下で、一人、瓦礫の中から姿を現した。
「あの一撃で生きていたか」
その者は瓦礫を吹き飛ばし、体を叩いて汚れを払う。
「全く、最近はついていない。その剣を振り下ろしているってことは、君が本部を破壊した張本人なんだね。美伊紗」
彼は悲しげに呟く。
「けど仕方がない。妖かし連盟は正義を全うする。それ故、ここで君たちを一人残らず倒させてもらうよ。妖かしたち」
彼は無数の妖かしを前にしても怯むことなく、札を手にして立ち塞がる。
取り出した札を広げ、呟く。
「舞首、出でよ」
その声とともに、札は塵となって妖かしの体を形作る。
それは人の顔の大きさを遥かに越える巨大な顔、首から下はなく、その妖かしが持つ巨大な眼光に睨まれればたちまち震え上がって逃げ帰るだろう。
生憎、相手は妖かし。脅しが効くような相手ではない。
「僕一人でこの数を相手するのか。幹部であることは間違いないけど、ちょっとハードモード過ぎやしないか」
「闢、勝てる?」
舞首はその少年へと問う。
「そんなのいつだって分からないよ。だけど僕は腐っても妖かし語りさ。逃げる選択肢は、残念ながら選べない。ハードモード、いや、エンドレスモードと言うべきか。この数、僕一人で捌ききれるか……」
目の前には無数の妖かし。
鬼の姿をした妖かしに、ゴリラのような妖かしもいる。他にも火炎を纏う妖かしや空飛ぶ妖かしまで、多種多様。
これらの妖かしにどう立ち向かうか、その答えはひとつしかない。ただ戦う、それしか彼の脳裏にはなかった。
「さあ始めるぞ。絨毯」
その少年はそう呟いた。
その声とともに舞首は無数の糸に体を変え、一点へ集まっていく。そして次第にそこには空飛ぶ絨毯が出現する。
少年はその絨毯に座り、美伊紗を眺める。
「美伊紗。今の君は僕の絨毯には乗せられないな」
だが美伊紗の返答はなく、反応もない。
「なるほど。やっぱりその剣、持つ者の心すらも奪ってしまう。南雲様もそれの餌食になってしまったというわけか。まああの人は本当は心優しい人だったしな」
少年は絨毯に乗ったまま空へ移動する。
「その剣に心を奪われてしまったのなら奪い返してやる。白鳥美伊紗、君に僕というものを刻み込んでやる。僕は開闢。君の絶対なる守護者さ。さあ妖かしども、彼女から離れてもらおうか」
少年はーー開闢はそう言い、妖かしの群れへ手を伸ばす。
一体何をするのか、妖かしたちは足を止めていると、突如一体の妖かしの体が爆発した。その一撃に敗れ、その妖かしは灰となって消えていった。
「何が……」
「あれは人が使えるような業ではない。一体何だ……」
妖かしたちは困惑する。
それもそのはず、爆発などという現象をただの人間が起こせるはずもない。だがそれを開闢は平然と起こして見せた。
妖かしたちの視線は開闢へ向けられる。
「僕は人と妖かしの狭間に存在、妖華だからね。君たち妖かしと同じで妖しい術が使える。さあ来い。今の僕は全盛期、誰も僕は止められない」
開闢と妖かし。
今ここで決戦が繰り広げられる。
「美伊紗を、返せ」
開闢は上空から安全に妖かしを爆発させ続けた。
だがそこへ巨大なカラスにような妖かしーー黒鴉と火炎を纏う巨大な蝶の姿をした妖かしーー火蝶が一斉に襲いかかる。
黒鴉と火蝶の突撃を、開闢は降下することによってかわした。
しかし下には無数の妖かしが、ある妖かしは火を吹き、ある妖かしは電撃を発生させる。それらを絨毯となった舞首が避けつつ、開闢が爆発によって攻撃をする。
「クロウ様。これでは計画が失敗に終わってしまう可能性が」
妖かしは懸念し、クロウへ耳打ちする。
「仕方ない。行くか」
クロウは翼を広げ、勢いよく空を飛ぶ。
その風圧に周囲の妖かしたちは立っているだけで精一杯、黒鴉と火蝶の攻撃を避け続けていた開闢へ、更にクロウが牙を向く。
「来たか。大物、クロウさん」
開闢は手をかざして爆発を起こすも、クロウの素早さにかわされ、攻撃は不発。そこへクロウは一度翼を大きく羽ばたかせ、一瞬にして開闢の懐へと近づいた。
速い、開闢は驚き、反応できなかった。
その開闢の腹へクロウの翼での突撃が直撃する。開闢は絨毯から足を離し、吹き飛んだ。
宙へ舞う無防備な開闢へ、妖かしたちは火炎を吐き、電撃を流し、烈風を放つ。そこへすぐさま絨毯が盾のようにして攻撃を防ぎ、開闢を包み込んで上空へと移動する。
だがそれを阻止しようと、クロウは指に鋭く長い鋭利な爪を装着し、開闢を包む絨毯へ突き刺した。
爪は絨毯を貫通し、中にくるまれていた開闢の脇腹へ一撃を入れる。絨毯の妖器化は解除され、舞首は地へ落ちる。
「札封」
すかさず舞首を札へ変化させ封印する。
開闢は横腹を貫かれ、その上上空から落下している最中で無防備、そこへ再度クロウの翼での一撃が向かってきている。
「妖脈解放、爆矢の創」
開闢の周囲には燃え盛る火炎でできた無数の矢が出現する。
「いけ」
それらの矢はクロウへと放たれるも全て避けられ、クロウの背景で爆発する。
腹を貫かれ、限界が来ていた開闢は攻撃を中断し、真上へ向けて一発の矢を放った。そこは誰もいないただの空。
開闢へクロウの翼の突進が激突する。開闢は吹き飛び、木に激突して血反吐を吐き、倒れた。
「これでさすがに終わりか」
そう呟くクロウの頭上で、特大大きな爆発が空に現れた。だがそれはクロウには当たらない上空。
その攻撃は無意味に思えた。
だがその爆発が響いた直後、木々を風の如く速さで駆け抜ける一人の青年がいた。木々を足場に目にも止まらぬ速さで駆け抜けている。
その気配に気付いたか、クロウは木が微かにも揺れている方へ視線を向けた。
その時、既に彼は鞘から刀を少し抜いていた。一部だけ抜かれた刀、そのまま青年は浮いているクロウの前に現れた。
「冬時雨」
その一撃がクロウへと与えられた。
肩から腰までを斬り裂いたその一撃、斬れば場所からみるみると凍っていき、クロウは地へ膝をつく。
「誰だ」
九割の驚きと一割の恐怖を交えつつ、クロウは振り向く。
そこには立っていた青年、彼の瞳は水色に染まり、白髪の髪に水色がやや滲み出る。歯が牙のように尖り、狂暴さを滲ませる。透き通るほどに白い肌、彼は今冷気を纏っている。
「まさか……」
「来巣警備会社社員の一人、白夜。クロウ、いえ闇本元社長。お久し振りですね」
突如現れた青年ーー白夜、彼の振るう一太刀がクロウの体を斬り裂いた。
凍てつく彼へ、白夜は振り返る。
「さあ始めましょうか。あなた方と我々との、最終戦争を」
ここへ来たのは白夜だけではない。
彼の他にも今々や村霧コタツ、来巣妃芽など、現在の来巣警備会社の社員が勢揃いしている。元社長である、闇本滅王を前に。




