第4話 勝てないと分かっていても、
竜門山。
その山は風の天使の祭壇のある山の隣に位置する山であった。だが現在そこは立ち入り規制がされており、中に入れるのは"妖かし連盟"から派遣されし妖かし語りのみ。
今その山には十三名の妖かし語りが派遣され、山を登っていた。
つまりそれほどまでの事態。
「確かこの山に蝉時雨っていう妖かしがいるんだっけか」
妖かし語り、音寝は横並びで歩いている同期の交太へとそう訊いた。
「うん。確か蝉時雨って隣の山に封印されていた気がするんだけどな」
「だとしたら封印を解いた輩がいるのか。最近は悪い奴もいるな」
音寝は面倒くさそうにそう呟いた。
「良いじゃん。たまには。こういう日もあって」
交太は元気にそう言った。
「相変わらず元気だな。お前は」
「元気が一番でしょ」
「そうかい」
音寝はそっけなく返答をする。
「おいおい。この山にはデートしに来たんじゃねーぞ」
楽しそうに話している音寝たちへ、先頭集団の野次が飛ぶ。
「アホか」
音寝は怒りと焦りの混じった声でそう言った。
だがしかし、あまりにも妖かしが見つからないのか、音寝は退屈そうに空を見上げていた。
この山には妖かしはいないのだろう。
そんな喜びが音寝やその他の妖かし語りの者たちも思っていた。
「仕方ない。帰るぞ」
直後、蝉の群れが十三人の妖かし語りを囲んだ。
螺旋状に飛び回る蝉の群れ、その羽音の五月蝿さには不気味さや気持ち悪さを感じられた。
「お前ら、すぐに戦闘準備。こいつは、蝉時雨だ」
その声に皆咄嗟に妖かしを妖器に変化させるも、一瞬にして蝉の群れは妖かし語りへまるで弾丸のような速度で飛び交う。蝉の動きに当たった瞬間、その者は痛みと激痛に苛まれた。
「これが……蝉時雨か。ただの蝉じゃねーか」
音寝は焦りと苛立ちの混じる声でそう愚痴を吐く。
既に五人の妖かし語りは倒れている。
周囲を取り囲む蝉へ攻撃を仕掛けても、すぐに多くの蝉がその穴を埋める。逃げることを許さないかのように。
「どう倒せば良いんだよ」
また二人、妖かし語りは倒れた。
音寝は妖かしを有していない。だからこそ、恐怖に飲まれ、立っていることだけで精一杯だった。
「音寝、お前の持っている精霊を使え。そうすれば、犠牲者を最小限にできる」
音寝は混乱して忘れかけていた。
しかし、こんな状況であっても交太は動揺を面には出さず、周囲の者たちを気にかけていた。
音寝はすぐに小包を開けた。するとそこからは薄桃色の小さな光が宙を漂い現れた。
「皆、耳を塞いで」
妖かし語りたちは皆耳を塞いだ。
直後、薄桃色の光を中心に、爆音が周囲に鳴り響いた。その音に気絶したのか、蝉たちは皆羽を動かすことを止め、地に落ちていく。
「勝った……のか……」
「いや……まだだ」
交太は刀を握り、未だに何かを警戒しているようだった。
動きを止めた蝉たちであったが、突如蝉たちは動き始め、ある一点に集中して舞い始めた。その場所で人の形を造るかのように羽ばたき始めた。
「どうやら噂は本当らしいな」
交太は険しい表情でそう呟いた。
「噂?」
「ああ。昔蝉時雨という妖かしが封印された。その妖かしは絶対に倒せない、だから封印せざるを得なかった。なぜならその妖かしには実体がないから。あるのはうっすらとしている魂のみ。その魂が蝉に取りつき、妖かしとなった。つまり蝉時雨は、封印しない限り倒せない」
「じゃあ……」
「どう足掻いても、勝てるはずがない」
蝉を倒しても無意味。
だからといって蝉を操る本体を倒そうと攻撃は当たらない。なぜなら実体がないから。
だが、交太は刀を握り、蝉を操り人の形をしている蝉時雨の前に立ち塞がった。
「音寝、お前は援軍を呼びに山を降りろ」
「私も戦う」
「駄目だ。この妖かしは絶対に倒せない。だから応援を要請してくれ。この妖かしを封印できる者を呼ぶんだ」
「それじゃ……交太は……」
「俺は死なねーよ。だから音寝、走れ」
交太は音寝へそう叫んだ。
音寝はただ走るしかなかった。
交太が命を懸けているこの今を無駄にしないように、一心不乱に走り出す。
本当は振り返りたい、本当は交太と一緒に戦いたい……けれど、勝てないと分かっているから。あの妖かしには勝てないから。
「交太……ごめん……」
交太は一人、刀を構えて蝉時雨の前に立つ。
既に皆倒されており、残るは交太だけ。
「ニンゲン、ナゼタタカウ」
蝉時雨の方から声がする。
「たとえ勝てないと分かっていても、たとえここで死ぬと分かっていても、それでも俺は一歩も引き下がらない。俺は負けられないんだよ。絶対に、絶対に。俺は妖かし語り、だからここで、お前を倒すために戦うんだ」
負けるのは目に見えていた。
そんなことは十分に理解していた。
「オロカ。ニンゲン」
「覚えておけ。俺たち人間は、最後まで希望を諦めない。その微かな希望のために戦い続けているとな」
交太は刀を構え、そして蝉時雨へと斬りかかる。
(さよなら。音寝)
「拳銃」
銃弾が蝉時雨の頭上から放たれ、交太は足を止めた。
二人の妖かし語りが頭上から降りてきたからだ。
一人は拳銃を構え、一人は風を纏う槍を構えている。
「風絶丸、作戦通りいけば良いんだな」
「ああ。そうすれば、奴を封印できる」
現れたのは天城聖華と風絶丸。
「さあ始めようか。舐めたら即死だよ。蝉時雨」