第41話 彼は思い出に浸る(後編)、
突如起きた地震に、俺と少女は動揺し、周囲を見渡していた。
突然空気が変わったように妖かしの姿を見ることもなくなり、周囲には邪気が漂っていた。
少女は咄嗟に違和感に気づいたようだ。
「この雰囲気……危険度は五……。何でそれほどの妖かしが」
彼女は妖かしを気配を感じ取る。
彼女だけではない、他の者たちもその禍々しいオーラには気づいていた。
「何……この気配……」
そう謎の言葉を呟く彼女の横で、俺も彼女と同様に妖かしの気配を感じ取っていた。
「やっぱアズも感じた」
「ああ。何かが、何かがこの山に現れた。妖かしの気配を感じ取ることができない俺でもこの気配だけは感じ取れる」
それはつまり、妖かし語りでもない民間人ですら感じ取れるということ。
それはつまり、その妖かしが圧倒的すぎるほどの妖気を有しているということ。
それはつまり、まだ駆け出しの妖かし語りでは到底太刀打ちできないレベルの妖かしがまだ駆け出しの妖かし語りのいる山に現れたということ。
この山には敵意を持たず、人を襲うような危険な妖かしはいない……ではない。封印されていたある妖かしに脅え、その山にいる全ての妖かしは狂暴さを失っていた。
その妖かしの出現とともに、山にいる妖かしたちは一斉に震え出す。
俺と少女はその禍々しい妖気が放たれている場所のすぐ近くにいた。それ故、俺と少女はその正体をすぐに視界へ入れた。
巨大な漆黒、ただ巨大な漆黒がそこにはあった。
「アズ、下がっt……」
少女へ禍々しい邪気が球体となったものが放たれた。
それを受け、まるで砲弾でも直撃したように巨大な破裂が周囲へ駆け抜ける。少女はその際に発生した風に吹き飛ばされ、木へ激突して意識を失う。
俺は少女へと駆け寄る。
そんな俺へ、少女と同様、あの攻撃が来た……
その頃、鬼灯は走っていた。
「誰だ。魍魎狼の封印を解いた奴は」
鬼灯は苛立ち、焦燥に駆られながら地を駆けて禍々しい妖気が放たれる中心である場所へ進む。
鬼灯の手には竹刀が握られ、魍魎狼の放つ禍々しい妖気に耐えつつ進み、とうとう魍魎狼の姿を見た。
全身を漆黒の禍々しい邪気で包み込み、その中に本体があるのか、それとも禍々しく黒い漆黒の邪気が本体なのか、鬼灯はその正体を見て足を下げた。
「話は聞いていたが見るのは初めて。だがさすがにこれは……ないだろ」
鬼灯は魍魎狼の姿を見て困惑にとらわれた。
どうやって倒せば良いのか、それが理解できなかったからだ。
動揺する中、一人の女子生徒が妖器であるのか純白の光を纏う剣を持って魍魎狼の邪気の中から吹き飛ばされるのが見えた。
「痛っ」
鬼灯の前に花之ひなたは転がった。
「花之。今、あの妖かしの中から出てきたのか」
黒い邪気の中から出てきた花之に、鬼灯は困惑する。
「鬼灯先生。この妖かし、少し強いです」
「当たり前だって……お前、その剣まさか抜いたのか」
鬼灯は花之が持つ純白の剣を見て固まっていた。
「抜きましたけど、何か問題ありましたか」
「ありえない。その剣はある条件を満たした者しか抜けないはずだ。それをまさかお前が……まだ駆け出しの妖かし語りであるお前が抜いたのか……」
「簡単に抜けましたけど。正直、この剣って妖器なんですかね?」
「妖器に決まっている。それも妖かしに戻ることこない特殊な妖器であり、その上その妖器は神聖な力を持つ」
「そんなに凄いものなのですか。ならあの妖かし程度、」
花之は剣を握り締め、邪気の中を駆けてその内側へ入る。
だがすぐに吹き飛び、邪気の中から飛び出て木に背中を激突させる。
鬼灯は心配しながら花之へ駆け寄るも、鬼灯へ球体となり、砲弾と化した邪気が飛ぶ。鬼灯は何とか一発竹刀で弾きはしたものの、二発三発と攻撃が来、それに鬼灯は体を宙へ飛ばす。
宙を舞う鬼灯へ、更に邪気の砲弾が飛ぶ。だがその瞬間、
「黒猟犬。お前は何になりたい?」
「拳銃」
「了解」
木の枝を足場として駆け抜けた一人の女性と妖かしは、鬼灯の頭上へ現れる。
「拳銃」
彼女はともに駆ける狼の姿をした妖かしへ手をかざす。黒い稲妻が駆け抜けるとともに、黒猟犬は黒い霧状となって彼女の手へと移り行く。
鬼灯へ駆け抜ける砲弾は弾丸によって破裂し、天城聖華は拳銃を手にそこへ降り立った。
「さあ魍魎狼、お前の友がお前を狩りに来たぞ」
天城は妖器化を解除し、黒猟犬を魍魎狼の前に出現させた。
「黒猟犬、あとは任せたよ」
「了解」
そう天城へ言うと、黒猟犬は邪気の中を平然と歩き、その中へと進んだ。
「魍魎狼。久しぶりだな」
邪気、その中には黒猟犬の倍以上の体格を有する巨大な狼が牙を鋭く尖らせてこちらを睨み付けている。
「黒猟犬。また俺の邪魔をする気か」
「そうだよ魍魎狼」
「なぜお前は俺の邪魔をする」
魍魎狼は足を振り上げ、黒猟犬へと振り下ろす。だがそれを軽快な動きで黒猟犬は避ける。
「魍魎狼。お前は人を殺しすぎた」
「それは人間も俺たち妖かしを殺したからだ。殺された同胞の仇も討てず、俺はどうしろと。まさか人間を受け入れろと言うのか」
「違う。確かに悪い人間だっている。だがそれは妖かしも同じだ。人間という風にひとくくりにするのではない、人一人一人を見ろ。お前だって同胞たちをそうやって見ていたんじゃないのか」
「うるさい」
魍魎狼は何度も黒猟犬を襲う。だが黒猟犬には当たらない。
「魍魎狼。お前、良い奴だった。だからせめて、これ以上罪をかさねるな」
次の瞬間、魍魎狼の首は黒猟犬によって喰われた。その刹那に、魍魎狼は反応できなかった。
「友よ。安らかに眠れ」
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戦いは俺の知らないところで終わっていた。
そんな俺は少女とともに山の中、転がりながら夕焼けを見ていた。
「ねえアズ、私たちって、凄く弱いね」
「ああ。本当に弱いな。だからさ、次会う時はお互い強くなっていよう」
「うん。約束」
少女は小指を差し出してきた。俺はその小指へ自分の小指を交わらせた。
「またいつか、会えると良いね」
その日を機に、彼女は学校へ来なくなった。
それから数年が経ち、俺は今妖かし連盟の準幹部となっている。
「またいつか、か。そのいつかは来るのだろうか」




