第41話 彼は思い出に浸る(前編)、
一体何年前のことだろうか。
それを今さら、俺は思い出していた。
昔の俺は少しヤンチャで、かなりのガキ大将だった。
そんな俺が妖かし語りになるきっかけを作ったのはーー彼女であった。
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ある夏の日、俺はいつものように隣の家に住んでいるある少女と一緒に山へ出掛けようとしていた。
「なあ※※※、遊ぼうぜ」
名前だけがどうしても思い出せない。
まるでその名前にボヤがかかったように、その時彼女のことを何と呼んでいたのか忘れてしまっている。
「アズ。これから妖かし語り学校に行かないとだよ」
家の中へ向かって外から叫ぶ木更津亜図人へ、窓を開けて身支度をしながら少女は言う。
「良いんだよそんなもの。どこで何を学ぼうとも、人生楽しんだもこのがちなんだから」
今思えば相当的はずれなことを言っていて、今でも少し恥ずかしさが脳裏には残っている。
そんな俺の発言にも彼女は無視することはなく、必ず何かしらの反応はしてくれる。
だからだんだん好意を抱いていたのだろう。俺と向き合ってくれる彼女を。そんな彼女は、誰にでも優しいことは分かっていた。
「アズ、学校だって楽しいよ。だから行こ」
「あ、ああ。分かったよ」
俺は家へ戻り、すぐに学校へ行く支度をした。
既に彼女は用意を終え、扉の前に立っている。
「じゃあ行くよ。妖かし語りになるために」
相変わらず元気な彼女に、俺は惹かれていた。間違いなく、俺は彼女へ好意を抱いていたのだろう。
妖かし語り学校では、いつものように妖かしについての知識や妖かしを妖器へ変えるコツなど、様々なことが教えられていた。
確か成績の良い者だけが奪器や妖縛といった業を教えられていたが、俺と少女はそこまでの実力はなく、そのレベルのことは教えられていなかった。
学校に通って一年、俺たちのクラスは妖かしを仲間にするため凶暴な妖かしのいない山で妖かしを捕まえることとなった。
ここで捕まえた妖かしはこれから長く一生を過ごすパートナーとなる。だから皆今日という日を楽しみにしていた。
「おい※※※、勝負しようぜ」
クラス一番の成績優秀者であり、最近奪器などを業を教えてもらえるまでに成長した花之ひなた。
彼女は俺の隣にいる彼女へそう言った、
「勝負って?」
「どっちが強い妖かしを捕まえられるかっていう勝負。まあ、※※※じゃ捕まえられないかもだけどね」
花之の挑発に、彼女は乗っかる。
「ひなた。なら勝負だ。私の方が強い妖かしを捕まえちゃうから」
皆山へ一目散に駆け出していた。
だがただ一人、遅れてやってくる者がいた。
そんな彼へ、そのクラスの担任であった鬼灯は遅れてやってきた生徒へと言う。
「天城。また遅刻か」
「いえ。登校中に道に迷っているお婆さんがいまして、そのお婆さんの道案内をしていたら遅れてしまいました」
「なるほど。今日で百十六回目だが、なぜそんなにも困っているお婆さんに遭遇するのか、説明してくれるか?」
怒りを隠す満面の笑みを向けてそう天城へ言うも、怒りは抑えきれずに漏れていた。
「鬼灯先生。ちょっと怖いです」
「当たり前だ。何度遅刻すれば気が済む。次遅刻したら退学にするからな」
「その台詞、百十五回目ですよ」
「そんなことはどうでもいい。お前も速く妖かしを捕まえに行けよ」
天城は退屈そうに大きなあくびをし、ポケットに手を入れて山の中へと入る。
その頃、既に妖かし探しを始めていた花之は既に妖かしを見つけていた。
その妖かしはキノコのような見た目をし、凄く小さい。花之はすぐにその場を離れ、他の妖かしを探し始める。
山の奥へ奥へと怯むことなく進み、あるひとつの灯籠を見つけた。その灯籠には妖器だからなのか、妖気を放つ剣が刺さっている。
「この剣、面白そうだな」
花之は剣を引っこ抜いた。その瞬間、山全体で激しい地震が発生する。
その振動に山の麓で生徒たちの帰りを待っていた鬼灯は妙な胸騒ぎを感じていた。
丁度そこへ天城が大根の姿をした妖かしを連れて戻ってきた。
「先生。妖かし捕まえたので帰って良いですか?」
「いや……この感じ……そこにいろ。それに今はまだ授業中だ」
そう言い、鬼灯は山の中へ走っていく。
だが天城は退屈さを感じていたのか、捕まえた大根の姿をした妖かしとともに帰ろうとする。
そんな彼女の姿を興味深く見ていた一匹の妖かしは天城へ話しかけた。
「おいお前。もう帰るのか?」
振り返ると、そこには犬の姿をした妖かしが木の枝の上に座ってこちらを見ていた。
「何者だ?」
「俺は黒猟犬っていうんだ。お前、妖かし探してるんだろ。だったら俺と組まないか?」
「すまんが私には既にこの妖かしがいるのでな。な、大根丸」
「いやそんな名前じゃないんですけど……」
大根の妖かしは小声でそうつっこむ。
「お嬢ちゃん。そいつの名は大根の霊、大根に注がれた怨念がその大根に乗り移っただけだよ」
「何だ。大根の霊っていうのか。まあでも大根丸であることには変わりないだろ」
天城はそう言い、大根の霊を抱えて山を去る。
「お嬢ちゃん。俺は妖かしの中ではかなり強いぞ。仲間にしたら妖かし語りへの道に大きく近づく」
「別に、妖かし語りになれなくても、この世界には色々職はあるし、まあ大工とかになって家でも建ててた方がーー」
「ーー妖かし語りになれば、儲かるよ」
苦し紛れに放った黒猟犬の言葉を聞いた途端、天城の足は止まる。
「それは実績と信頼があればの話だろ」
「ああ。だが俺には力がある。そこらの妖かしを倒せる力が」
「なるほど。では一時的に手を組もう。お前は私の妖かしだ」
「サンキュー」
黒猟犬はご機嫌に木から降り、天城の前に立つ。
「で、何が望みだ?黒猟犬」
「バレていたのか」
「当たり前だ。こんな私に依頼なんてな。で、その内容は?」
「この山で先ほど地震が起きた。あの地震はかつて俺が倒した妖かしが封印されている。そこで今度こそ俺があいつを殺したい」
「なるほど。野生の目をしているな。それほどまでに大事な仲間だったのか」
「ああ。だからあいつは、俺が殺す」
そう言い、黒猟犬は牙を研ぎ澄ます。
それが贖罪、とでも言うように。




