第39話 共に闘え、
その妖かしーー篝火の頬へ強烈な蹴りを入れた今々。
篝火は顔面を床に押し付け転がった。その隙に白夜は刀を拾って立ち上がるも、まだ意識は朦朧としているのか、ふらつく足で後ろへ足を進め、壁へ背をつけた。
「白夜ちゃん。この妖かしが相手なら私一人で十分だよ。だからあんったは闘わなくて良い」
「そうは言ってもな、そいつの強さは四だ」
「四?ああ。白夜ちゃんが勝手に作った妖かしの強さを判別する数値ね。一番低いので一、一番上は五だっけ。で、確か五は私たちじゃ到底太刀打ちできないレベルだったね」
「ああ。その妖かしの強さは四、だが極めて五に近い四だ。一人では闘うのが厳しい相手であるのは間違いない」
白夜は踏み潰された腕を押さえつつ、そう今々へ忠告する。だが今々はそれを聞いても余裕綽々な態度を崩すことはなかった。
「白夜ちゃん。心配すんなよ。私の強さを一番に知っているのはお前だろ。そんなお前が私を心配するなんて、少し自信なくしちゃうな」
今々は声のトーンをワントーン下げ、背中を向けながらそう言った。
そこからは僅かに悲しみが感じられる。
「ねえ白夜、ちゃんと分かってるよ。この妖かしは私一人じゃ勝てないってことくらい。にゃけど私は妖かし語り、逃げるなんていう選択肢がないからこそ、ネガティブな発言はできないの。なら私たちが取るべき選択は何か、分かるだろ」
今々はそう言い、起き上がった篝火を前に、拳を構える。
その姿を見て、白夜は自分に腹を立てた。
立つためだけに地に突き刺していた刀を強く握り直し、前方で刀を構え、今々の横に立つ。
既に全身から血が噴き出し、気絶していてもおかしくない量だ。だが白夜は今、男を見せようとしていた。
「今々。お前は強い。だから、この妖かしを先に倒すのは俺だ」
白夜の眼差しは変わる。
ただ真っ直ぐに篝火を睨み、刀を向けている。
その姿を横目に、今々は笑みをこぼす。
「それでこそ白夜ちゃんだ。そんなお前だからこそ、私の最高のライバルさ」
「ああ。俺もまだ十分にお前と張り合えるってところを見せてやる」
白夜と今々は篝火を前に立ち塞がる。
篝火は勢いを取り戻した白夜と未だ力の底を見せない今々を前にし、危機を悟ったのか足を数歩後退させた。
「脅えてくれているのならありがたい」
今々は軽快なステップで篝火の頭上まで飛び、宙で何度も回転して篝火の頭部へ蹴りを入れる。
篝火は意識を朦朧とさせて宙を舞い、そこへ追い討ちをかけるように白夜は冷気を纏う刀を振り下ろす。だが頑丈な篝火の体を貫通することはなく、弾かれた。
体勢を後ろへ崩した白夜へ篝火が突進を仕掛けようと前傾姿勢となった。
「狐火蹴り」
今々は篝火の顔を蹴り上げた。だが篝火は今々の攻撃にも慣れてきたか、攻撃を受けてすぐ左腕を今々へ振るう。
そこへ体勢を立て直した白夜は強く刀を握り締め、篝火の腕を振り上げる。
「白水一閃」
冷気は溶け、刀へ水が纏われる。その刀を水流の如く振り上げ、篝火の左腕を天高く舞わせる。
宙を舞い、斬り飛ばされた左腕は燃え盛る家屋の床を転がる。それとともに腕を斬られた篝火は痛みから雄叫びを上げた。
「図体が出たいと声もでかいからね。とっととその口閉じな」
今々の蹴りが篝火の頭頂部へ直撃、大口を開けて叫んでいた篝火は勢いよく口を閉じ、そのまま床に顔を押し当てた。
「最後は任せたよ。白夜」
「了解」
白夜は刀を握り、地を走り、そして横たわる篝火の心臓目掛けて刀を振り下ろす。周囲へ冷気が駆け抜け、燃え盛る家屋は凍てつき、篝火も凍りつき、燃えていた街は凍りつき始めた。
白夜は篝火の背中から降り、刀を鞘へ収めた。それと同時、アドレナリンドバドバで忘れていた激痛が白夜を襲う。
白夜は千鳥足でふらつき、倒れそうになったところを今々が支える。
「大丈夫か。白夜ちゃん」
「あ、ああ……。だがさすがに疲れた……」
白夜は眠りにつく。
「よく頑張ったね。白夜ちゃん」
そう言葉を掛け、ぐっすりと眠る白夜を背負って本社へと足を進める。だが背後で凍りついていた篝火のいる場所から、何やら音が聞こえる。
それは氷が砕けるような音。
「まさか……」
今々の予想は当たってしまった。
案の定、氷の中から抜け出した篝火は地を強く踏みしめ、凍りつく屋根を突き破って外へ出た。
急いで追いかけようとするが、背には白夜を背負っているため、篝火へ追い付く速度は出せない。
だが家屋を出てすぐ、そこには妖かし語りが二名ほどいた。そこで確信した。
「そうか。コタツちゃん、援軍を呼んできてくれたのか。なら、良かった」
今々は安堵する。
その頃、暴走する篝火は屋根の上を猛スピードで走り、ただひたすらに走っていた。
その道中、目の前には木更津亜図人が警備のために立っていた。木更津は猛スピードで迫ってくる篝火の威圧に驚きはするものの、両手に構える二本の刀を交差させ、篝火の右腕の一撃を受け止めた。
「ちっ……強い……」
木更津は気を抜くことすら許されない。
力では敵わない。
そう感じさせるほどに、篝火の腕力は木更津を上回っていた。すぐに木更津は右腕の大振りに吹き飛ばされ屋根の上から落ちかけるも、屋根に刀を刺して踏ん張った。
「強い……」
木更津はそう感じた。
だが逃げることはせず、篝火へ二刀を振るい、襲いかかる。刀は篝火へ数度当たるも、篝火の強靭な肉体を貫きはしない。
木更津はとうとう刀を落とし、がら空きになった胴体へ篝火の突進が迫る、その間際、上空より飛来し無数の紫黒色の羽根が篝火を背中から貫いた。篝火は灰へ変わり、散る。
「木更津。これで妖かしは全部だ。速やかに市民の救助を開始しろ」
その声の主の正体を暴くように見上げると、そこには妖かし連盟幹部ーー赤羽心が紫黒色の翼を生やして上空へ滞在していた。
その姿を見て、木更津は思い出していた。
あの日、死んだ日、天城聖華のもとへ現れた漆黒の羽を生やした男と似た姿をしていたからだ。月明かりが彼を照らす様は、まるであの時の男そのものだ。
「木更津。どうした?」
「い、いえ。何でもありません」
そう言い、逃げるように木更津は足を進める。
理解が追い付かない、だがそれでも彼は足を進める。
(もしかして……あの人は……)
妖かし連盟の会長は裏と繋がっていた。ならば妖かし連盟の幹部はどうだろうか?
ーーその答えは、まだ早い。




