第3話 封印は解かれた、
新たに仲間が一人増えた。
七海才花、彼女は天城民間除霊事務所の家事を担当し、その間に聖華はソファーでだらだらと新聞を読んでいた。
そんな日々が続いてから早十日。
「黒猟犬さん。天城さんって昔からあんな感じなんですか?」
寝転ぶ黒猟犬へ才花は耳打ちをした。
「ああ。聖は昔からああだよ。やる気を出すのは時々、まあお金があれば聖は簡単に操れるから。それは良く覚えといた方が良いよ」
「わ、分かりました」
何かが違う。
わざわざ働いていた会社を辞める必要があったのだろうか、そんなことさえ思い始めていた。
給料も貰えるだろうか、そんな不安に煽られる中、才花はポストの中身を確認した。
どうせ何もないだろうと思いつつ、心の奥底では来てくれと願っていた。だが現実はそう甘くない。だから今日もポストの中は……
「依頼書……!?」
才花はすぐに寝転ぶ聖華のもとへ向かい、手に持っていたその封筒を聖華へと見せつけた。
「依頼……依頼か!」
聖華は飛び上がり、その封筒を半ば強制的に奪い取って中に同封されていた手紙と札束に腰を抜かす。
「まじか……。依頼が来たぞ」
唖然とする聖華。
札束にしばらく目が向けられていたが、何とか切り替えて、同封されていた手紙に目を通す。
『天城聖華。
あなたへ依頼したいことがあります。
もし良ければ緑妖市にある風の天使の祭壇まで来てくださると助かります』
「風の天使の祭壇か……」
そう呟く聖華は天井を見上げた。
「知っているのですか?」
才花は聖華へと訊く。
「まあな。昔その場所はお詣りする者も多くてな、これから大きな仕事があるという人とかはそこによく訪れていたんだよ」
「じゃあ天城さんもお参りとかしたんですか」
「まあな。こう見えても夢を叶えられなかった迷い人でな、そんなこんなで今は妖かし語りをやっているだけだよ」
「昔の夢!天城さんにもそんな青春チックな時があったんですか」
食い入るように才花は天城へと歩み寄った。
「私にもあるさ。そういう時くらい」
「ちなみに何になりたかったんですか」
「それは」
聖華は才花の方を向き、才花の口に人差し指を当てた。
「秘密」
「えー。教えてくれてもいいじゃないですか」
「まあ気が向いたらしてやるよ。そんなことよりも、今は依頼人の場所に行くぞ。金もたっぷり頂いたからな。お蔭で払うつもりもなかった才花の給料も払えるしな」
(何か今、聞いてはいけないことを聞いてしまった気が……)
そんなこんなで聖華、才花、黒猟犬は緑妖市にある山の頂上、そこに大きく建てられていた緑色の鳥居をくぐる。
風の天使の祭壇、ここに奉られているのは天使……ではなく天狗であった。
「依頼人はどこにいるのでしょうか」
才花は眉毛に手を当て、周囲を見渡す。
人はそこそこに訪れており、今でも尚お詣りに来る人は少なからずいた。
この場所へ訪れていた聖華を確認し、一人の少年は自らの相棒である妖かしへ言った。
「わざわざこんなところまで足を運んできてもらって悪いのだが、力試しをしなくてはな。天狗、殺すなよ」
「御意」
聖華は何かを感じ取ったのか、才花を背にかばい、近づいてきている気配を感じ取ってその方向へ視線を向けた。
「聖、いつでも妖器になる準備は出来ている」
「そうしたいところだが、ここには人が多い。もし誤射でもすれば最悪死人が出る。黒猟犬、素手で行くぞ」
「仕方ない」
黒猟犬は牙を鋭く生やし、先ほどまでの穏やかな黒猟犬とは変わり、妖かし、という一面が大きく出ていた。
「才花は私たちの後ろにいろ。まだお前には戦い方を教えていなかったからな」
聖華は腕を鳴らす。
聖華の前には、背中に翼を生やし、鼻が長く赤面している妖かしが現れた。
「我は天狗、そなたらの力、恐縮ながら計らせてもらう」
「なるほど。依頼人は私の力を試したいということか」
「ああ。今必要としているのは強き者。弱き者は足を引っ張るだけだ」
「なら教えてあげよう。私たちの力を」
天狗、そう名乗った妖かしは手に構える槍を握りしめ、聖華たちへと飛びかかる。
「行くぞ。黒猟犬」
天狗は真っ先に聖華へと攻撃を仕掛けた。槍は突風を纏って触れれば吹き飛ぶ程だ。
聖華は天狗の頭上へと飛び上がり、足を振り下ろす。蹴りは天狗の左腕に防がれ、風が聖華を吹き飛ばした。
空中では体の自由は効かない。そんな状況の聖華へと天狗は槍を突き刺す、だがしかし、黒猟犬は素早く飛び上がり、聖華を背中に抱えて地に着地した。
天狗は地に着地した聖華と黒猟犬へ手を向ける。すると突風が吹き荒れ、大地に踏ん張っていなければ今にも吹き飛ばされる。
だが黒猟犬は聖華を背中に乗せ、地を駆け回って天狗の背後から飛びかかる。
「無駄だ。背後からだろうと」
天狗は槍で後ろ一面を薙ぎ払った。
だが、槍は止まった。黒猟犬が鋭い牙で槍を食い、受け止めていた。
そこで気づいた。背中に乗っていたはずの聖華がいないことに。
「天空かかと落とし」
上空から落下する聖華の蹴りは天狗の頭部を直撃し、天狗は地に落ちた。
聖華と黒猟犬は天狗へと歩み寄る。
「私たちは合格か?」
「当然だ」
天狗は快くそう言った。
「天狗、よくやったな」
その声がした方を振り向くと、そこには忍者服を身に纏った青年が立っていた。
「お前が依頼人か?」
聖華はその青年を警戒しつつ言った。
「すまないことをしたことをここに謝罪する。僕は風絶丸。代々この祭壇を守ってきた一族であり、そして現在この祭壇を守っている」
「あれほどの大金ということは、それなりの大仕事なのか?」
「察しが良いな。この山のどこかにある妖かしが封印されていた。だがしかし、その封印が何者かに解かれた。そこで依頼をしたい。かつて先代が封印した妖かしを僕とともに倒して欲しい」
「金は受け取ったしな、断る理由もない。その妖かしは今どこに?」
「この山のすぐ隣にもう一つ山がある。そこに行き、今その妖かしは力を蓄えている」
「ちなみにその妖かしの名前は何て言うんだ?」
聖華の問いに、風絶丸は心臓に触れられるような感覚を味わいながらその名を口にした。
「蝉時雨」