第38話 今々、
闇本警備会社へコタツは息を切らしながらもたどり着く。そこへ着くなり、彼女は皆へ聞こえるように叫んだ。
「黒妖街北側に妖かしが出現。現在、白夜様が戦闘中です」
それを丁度ロビーで休んでいた今々は聞き、ソファーに寝転んだまま顔をコタツの方へと向けた。
頭には狐耳の生えたつばの大きな帽子を被り、頬には猫のような長く白い三本毛を生やし、腰には尻尾を生やしている。
どこか可愛らしさを感じられ、その中には微かに色気を感じられる。大人びている、そんな印象もどこかにはあった。
「コタツちゃん。もしかしてだけどさ、白夜ちゃん、妖かしを気配だけで感じ取ったりした?」
妖かしが出たというのに落ち着いた口調で話す今々。
「はい……。おいらは妖かしがいるなんて分かりませんでしたし、恐らく気配だけで感じ取ったと思います」
苦手なタイプなのか、コタツの口調はどこか落ち着きがない様子。
「はあ。あいつを死なせるわけにはいかないコン」
今々はソファーから伸びをしながらゆっくりと起き上がると、退屈さを振り払うように眼鏡を外した。
「さて、コタツちゃん。また会議室で副社長と妖かし連盟のお偉いさんが話をしてるから、今すぐそのことを伝えといて」
「今々さんはどうされるのですか?」
「私?私は狩るだけだよ。妖かしくんを」
「今々さん。待ってください」
やる気を出して足を進めた今々を、コタツは無意識にも呼び止めていた。
「にゃ?」
今々は振り返る。
だが呼び止めたコタツは、なぜ呼び止めたのか自分でも分からなくなっていた。
「いえ。何というか……白夜様は無茶しちゃう人ですので、どうか、どうか救ってほしいのです」
コタツは深々と頭を下げた。
「にゃるほど。でもさコタツちゃん、白夜ちゃんはさ、ちゃんと強いから。だからそんなに心配しないで」
今々はコタツの肩をポンと叩き、心配そうにしているコタツの横を通りすぎる。
「それにさ、私も行くから。妖かしくんは私と白夜で倒してくるコン」
今々はそう言い、余裕綽々と歩き始める。
その背中を見たコタツは、今々の余裕ぶりに期待していた。
彼女ならば、彼女なら白夜を助けてくれるであろうと。
ーー本当は自分が彼を助けたかった。
コタツはある感情を圧し殺し、会議室へと足を進めた。
扉を開けてすぐコタツの視界に映ったのは、自分へと視線を向ける副社長や妖かし連盟幹部の姿であった。
「どうかしたのか」
副社長はノックもせず会議室へ入ってきたコタツへそう言う。
「黒妖街に妖かしが出現しました」
「なるほど。で、今は誰が戦っている?」
「白夜様と今々さんです」
その二人の名を聞いた途端、副社長はどこか安堵しているように思えた。
それもそのはず、白夜と今々は闇本警備会社の中では相当な実力者であり、居間まで一度も敗北したことがない程の強者であったから。
「来巣副会長、我々が現場へ向かいましょう。来て何もしないというわけにはいきませんし」
そう言い、妖かし連盟幹部ーー赤羽心は立ち上がる。
「ではお言葉にあまえて。すぐに我々も社員を派遣致しますので」
「ああ。お前ら、行くぞ」
赤羽の隣に座っていた木更津、交太は椅子から立ち上がると、部屋を去っていく赤羽の背中を追うように出ていった。
「また妖かしか。最近多いな」
副社長ーー来巣妃芽は不安を抱いていた。
最近黒妖街に出没し始めた妖かし、それらに危機感を抱きつつも、彼女らはただ出現した妖かしを倒すことしかできなかった。
故に、来巣は強く拳を握る。
「今はまだ、この世界は変えられない」
そんな憤りを自身へ抱き、来巣は足を進めた。
「こちらもすぐに社員を集め、市民の安全を確保するぞ」
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燃え盛る街の中、一人の青年ーー白夜は焼ける家屋の中で全身から血を流して倒れていた。
激痛が全身へ走り、血が体から逃げていくことにより意識は少しずつ朦朧としている。
「まだ……俺は……」
白夜は落ちている刀へ手を伸ばす。だが腕を近くにいた妖かしに踏み潰され、白夜は叫び声を上げる。
「ムダ。ムダ」
火炎を纏う熊のような姿をした妖かしはそう呟く。
「その容姿で喋れる妖かしかよ……。いかちぃな」
荒い呼吸の中、白夜はか細い声でそう呟く。
それに耳もくれず、妖かしはただ静かに焼けて落ちた天井の隙間から見える夜空を眺めていた。
(てめぇも、夜景には心惹かれるのかよ。随分と面白い奴だ)
白夜は己の死を悟る。
得意の氷を使えないのでは、火炎を操るこの妖かしには敵わないと。
妖かしは夜空を眺めるのを止め、唐突に白夜へ視線を向けた。
その妖かしは腕を振り上げ、気まぐれな拳が白夜へと振り下ろされる。
しかし、白夜へその妖かしが触れることはなく、その重たい一撃を尻尾を生やした女性が真っ向から素手で掴んで受け止めていた。
「白夜。苦戦しているコンコン」
「遅いじゃねーか。今々」
そこへ現れた女性ーー今々を前に、白夜は安堵する。
「せっかく来てあげたのに、全く君という奴は仕方無いな」
「まあ感謝はしている。だがそんなこと言っても、お前はそういうことを聞き流すタイプだろ」
「そんな奴だと思っていたのか。酷いにゃ」
少し可愛い子ぶり、今々は白夜へ振り返ってそう言った。
「はぁ。その余裕っぷり、相変わらず強いな。お前」
「ああ。これでもし私が白夜ちゃんが苦戦したこの妖かしを倒せたら、どっちが強いかの勝負に白黒はつくよね」
「ああ。だが、あくまでも倒せたらの話だぞ」
「安心しなよ。私、これまで一度も負けたことないから」
彼女は余裕の笑みを見せつけ、目の前に立つ妖かしへ怯むことなく蹴りを入れた。
「さあ、とっとと倒れろ。妖かしくん」




