第29話 愛は叶わず、後悔は報われず。
不知火。
その妖かしを前に、二人は固まっていた。
だが二人が戦意を取り戻すのを待ってくれるはずもなく、不知火はマグマを口から吐いて聖華と神木へ浴びせる。
「光芒の盾」
神木は槍の矛先をマグマへとかざす。
槍の先端を中心に円心状に光が放たれ、その光にマグマは弾かれた。
「聖華。いつまでもボケッとしているな。今ここで僕たちが倒すんだ。不知火を」
神木は聖華へそう叫ぶ。
「そうだったな」
聖華は銃口を不知火の額へと向ける。
引き金は引かれた。銃弾は銃口より放たれ、不知火の額へと進む。だが不知火が纏うマグマという無敵の鎧に弾丸は溶かされた。
「届かないか……」
聖華はそう嘆くも、すぐに銃口を不知火へと向け、弱点を探す。
(最悪、あれを使うしかないよな……)
そう考える神木が視線を向けた先には聖華の握る白い剣があった。
(今は目の前に集中だ)
神木は槍を強く握り締め、不知火へと飛びかかる。
不知火はマグマを吐いて神木へ攻撃を仕掛ける、神木は槍の先端を正面へ向けたまま不知火へと駆ける。槍の先端からは光が放たれ、マグマを弾いた。
(このまま……行けるか)
神木はそのまま不知火へ直進する。
光が不知火の吐くマグマを弾く。
(行ける)
神木は不知火の胴体へ槍を先頭に突撃する。体を覆うマグマを弾き、胴体へ……と思ったところで火山の中から出てきた尻尾が神木の腹を背後から突き刺した。
「神木……!?」
腹を貫かれた神木は地を転がり、麓まで転がって灼猫のすぐ側に倒れた。
「灼猫……」
灼猫へ一度は視線を向けるが、すぐに聖華へと視線を向ける。
「天城……その剣をーー」
「ーー試してみるか。尺一師匠より教わりし業、奪器」
聖華は不知火へ手をかざし、妖器へと変化させようとする。だが不知火が妖器へ変わることはない。
「さすがに無理か」
「聖華。その業は格下にしか通じない。あの野郎には奪器は効かない。それに妖縛で奴の動きを封じることも難しい。妖気が大きければ大きいほどその操作は難しい」
神木は腹を貫かれてはいるものの、力みながら聖華へとそう説明をする。
「だけど、ここであの妖かしを止めなければ……」
聖華は銃弾を不知火へと放つ。
弾丸は全て不知火の全身を覆うマグマによって溶かされる。
聖華は不知火の周囲を駆け回って銃弾を放ち続けるが、雀の涙程のダメージも与えられない。
弾丸は届かない。
銃を握る聖華の腹へ、先ほど神木の腹を貫いた尻尾の一振りが聖華を吹き飛ばした。聖華は地を転がり、神木のすぐ側へ転がった。
「封印するしか……」
「駄目だ。封印すればまた白鳥に封印を解かれる。それじゃ意味がない」
「ならどうしろと」
「今お前が持っているその白刃の剣、それを不知火へ突き刺せ。その剣はもう二度と妖かしへ戻ることのない最高級の妖器。その妖器の特性は全ての妖かしを触れただけで消滅させる」
「触れただけで!」
「ああ。それ故、奴を倒すにはその剣しかない……」
神木は惜しみつつも、聖華へ白色の剣の効果を告げた。
「恐ろしい。それ故、私の勝ちだ。舐めたら即死だ。不知火」
聖華は勢いよく不知火へ白い剣を投げた。
剣は不知火の額へと直撃し、その瞬間に不知火の体は額から灰へと変わり、少しずつ消滅していった。
「手強い相手だったよ。不知火」
聖華は血を流しながら、それでも立って不知火が消える様を眺めていた。剣は火山の中に消えた。
不知火は討たれた。
神木は槍を妖かしの姿へと戻す。
一角を生やした白馬がそこには現れた。
「イッカク。見ての通り、俺はもう無理だ……。生きることはできない。だからさ、あの天城聖華、彼女と一緒に戦ってほしい。きっと彼女なら……こんな世界でも変えてくれるからさ」
力ない声で神木はイッカクへ告げる。
イッカクは悲しい声で鳴いた。
神木は惜しみつつもイッカクの頭を撫でた。
「イッカク、今まで……」
神木は力が抜け、腕を地面へと転がした。既に腕を伸ばす力さえも残ってはいない。
そんな主の姿を最後に、イッカクは振り返る。
ありがとう、最後にそう言った気がした。
倒れる神木のもとへ拳銃を手にしている聖華は駆け寄るが、イッカクは聖華をくわえて走り出す。
「何をするんだ。まだ神木が……お前の主じゃないのか」
聖華は必死にそうイッカクへ言うも、イッカクは覚悟を決めたように走り去っていく。
既に麓にはマグマが迫ってきていた。
そこに残るは神木と灼猫のみ。神木は地面の上を這いつくばり、灼猫のもとへと少しずつ近づいていく。
「灼猫……」
風穴が空いた腹が地面に擦れて激痛が走る。それでも神木は灼猫のもとへと近寄り、そして灼猫の手を掴んだ。
「灼猫。最後くらいは一緒さ」
返事はない。
それでも最後に灼猫といれただけで神木は満足だった。
まだやり残したことは多くあるし、妖かし連盟を変えることはできなかった。
この結末は全てを放り出すような形かもしれない。
それでも、それでも神木はその選択が間違っていなかったと、そう思っていた。
後悔はあるし未練もある。
それでも、それでも……
神木は走馬灯のように思い出していた。
「ねえ将、学校、遅れるぞ」
あの時、彼女の側にいなければ……
「将……お父さんが……お母さんが……」
あの時、燃え盛る家を前に僕は何もできなかった。もしも彼女が闇へ堕ちるのを止められていたら……
「神木、例の物は盗んできた」
あの日以来、彼女は変わってしまった。
僕は何もできなかった。
彼女のために何かしてあげられただろうか。彼女のために叱ってやることもできた。けれど僕は彼女の側にいたかった。
故に、僕は臆病で有り続けた。向き合うことなんてできなかった。
向き合えていれば、きっと今頃違う道を歩んでいた。隣にいるのが僕じゃなくても、彼女には幸せになってほしかった……なんて……。
「聖華、後先なんか考えてはいけない。ただお前がやるべきことだけを考えろ。無理に重みを感じるな。お前は僕たちの希望なんだ。だから未来は託したよ」
未来をある者へ託した。
彼女へ、未来を託した。
本当は変わった後の世界も見てみたかった。けれど、それはきっと強欲な答えだから。
故に、彼は静かに目を閉じた。
故に、彼はその手を強く握り締めた。
故に、彼は彼女と共に生涯を終えた。




