第23話 不条理な力、
怪盗灼猫。
彼女が奪おうとしているものが何かを見て、聖華は困惑を隠せない。
「これが……灼猫の狙いか」
「もうすぐ灼猫が来る時間です。あなたにはこの扉の前でこの妖器を守っていただきたい」
「私がですか」
「はい。ですが安心してください。ここへ灼猫が侵入する前に我々が彼女を食い止めます。ですのでどうかお守りくださいますようお願いします」
そう言い残し、神木は馬のような妖かしとともに去っていく。
「なあ黒猟犬。あの男、何か企んでいるとは思わないか?」
「まあ違和感はあるな。こんな大切な妖器を普通は初対面であり、あまり世間へ露出していなく素性の分からない聖には託さないだろう。それに妖かし連盟の者なら前回の大会で金目当てで参加していることを知っているだろうし」
「つまりだ、もしかしたら私が灼猫と疑われている、ということだ」
「そうだね。でもここで灼猫から妖器を守りきったのなら、その時はきっと聖へかけられた罪は晴れるね」
「ああ。だから黒猟犬、気合い入れろ。捕まるのだけは嫌だからな」
聖華は壁へ寄りかかっていた背中を離し、周囲へと警戒の視線を向ける。
「さあ来い。灼猫」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
妖かし連盟本部。
その入り口付近には、交太と音寝が警備をしていた。
「白刀」
交太は肩に乗っていた白猫へ手をかざす。すると手には刀が創造され、その刀を肩に担いで交太は空へ視線を向ける。
「交太。空見ても何もいないよ」
「まあな。だが灼猫は無数の妖かしを所持していると言うしな、空から来てもおかしくはないと思ってな」
「まあ、そうかもね」
音寝も交太同様に空を見上げた。
「来たぞ」
二人と同じ場所へ配属されていた妖かし語りが正面を指差しながら言った。
その男が指差す場所には、黒いローブに身を包んだ者が立っている。
「来たね。灼猫」
交太は刀を構え、黒ローブの者へ警戒を払う。
その者はゆっくりと扉へと歩み寄っている。その度に交太たちの警戒心は強まっていくばかり。
だがなぜか扉へと進む長い階段の前で、その者は足を止めた。階段の上でその者を待ち構えている交太たちは息をのむ。
「来ない……のか……」
そう思った矢先、黒ローブの者は勢い良く階段を駆け上がる。
一瞬にして階段の最上段へついたその者は、地面を強く踏み、宙へ舞い上がった。そして扉を蹴り飛ばし、無理矢理こじ開けた。そして扉の向こう側へと進んでいった。
「追うぞ」
「いいや。待て」
走ろうとした音寝を交太は制止する。
「中にも警備はいる。俺たちがいっても無駄だ。だからここに戻ってくるかもしれない奴をここで待っていた方が十分に良い」
「了解」
幻の妖器が保管されている巨大な扉の前には、既に黒ローブの者がたどり着いていた。
だがその者の前に神木が立ちふさがる。
「行くぞ。イッカク」
神木は背後にいる馬のような妖かしーーイッカクへと手をかざす。
「槍」
目映い光が周囲へ放たれ、光の膨張が少しずつ収まるとともに、神木の手には一本の槍が握られていた。
「灼猫。来な」
そう言われ、その者は黒ローブを脱ぎ去った。そこで露となったのは猫を連想させるかのような仮面を被り、赤い髪のポニーテールの女性であった。
「やはり君か」
「ああ。そういえば丁度この前盗んだ妖器の性能チェックをしたかったところだ。是非とも相手になってくれ」
「じゃあ戦おうか」
神木は槍を構え、灼猫へと駆ける。
対する灼猫は札を取り出した。札は少しずつある武器の形を描き、そして手に握られた。
「紫電爆弾」
灼猫の手に握られているは、手のひらに乗るほどの大きさの爆弾。灼猫はそれを神木へと投げたーー瞬間、電撃が神木を襲う。
神木は全身が麻痺し、その場に崩れ落ちた。
「さて、手、借りるぞ」
灼猫は神木を引きずり、扉へと手を押し当てた。すると扉は開き、灼猫は中へと入った。
「なぜこんなところにいるのかな?」
「依頼が来てな。灼猫、ここでお前を倒す」
聖華は拳銃を構え、灼猫へと向ける。
「じゃ、帰らせてもらうよ」
拳銃を向けられたからなのか、彼女はそう呟いて振り返った。だがまだ彼女が盗もうとしていた妖器は後ろにあるはず。
「灼猫、逃げるふりをしてまた盗むのだろう。策は読めている」
「盗む?何言ってるの?もう盗んだから帰るんじゃん」
「何!?」
聖華は振り返った。
そこに存在していたはずの正方形の水、そしてその中にいたであろう人魚たちも全て消えていた。
「どういうことだ」
「教えないよ。君はまだその段階にはたどり着いていないし」
「何を言って……」
その時、聖華の意識は朦朧とし始めていた。
「効くのが速いな。眠り草の香水は」
「眠り草?」
聖華は足がふらつき、視界も歪み始めてきていた。
「じゃあまたね。天城聖華」
彼女はそう言い残し、妖かし連盟本部から去っていく。




