第22話 怪盗灼猫現れる、
聖華はソファーに腰掛け、新聞を読んでいた。
ここ一ヶ月、新聞の一面を大きく飾るは"怪盗灼猫"という者の存在。
「怪盗灼猫ね……」
聖華はその記事を退屈そうに睨み付けていた。
怪盗灼猫、彼女はこれまで多くの事件を引き起こしてきた。その事件の多くが怪盗、その名を与えられたからなのか全て窃盗の事件だ。
これまで盗まれた者は多種多様、その中にはもう二度と妖かしとなることのない妖器、それも含まれていた。
「黒猟犬、灼猫を捕まえたら懸賞金が百万だってさ」
「でもこの前の大会で百万貰ったでしょ。人は強欲になった時、初めて破滅するんだよ。だから聖も気をつけなよ」
「分かってるっつーの。それよりも、あの大会から一週間、なぜ依頼が一件も来ないんだ」
聖華は新聞を投げ飛ばすと、頭を抱えながら立ち上がった。
「だって聖、辞退したでしょ。もしあのまま大会に参加していれば知名度は上がって依頼来てたかもよ」
「だがな、勝てないと分かっている相手と戦いたくないし、それに十分強くなっただろ。私はあまり欲張りではない。だからあの時に辞退した」
聖華はそう強く宣言する。
「聖華さん。先ほど確認してきたのですが、妖かし連盟より手紙が来てますよ」
才花は封筒を持ちながら聖華のもとへ歩み寄る。
「妖かし連盟から?」
聖華はその封筒を受けとるや、中に入っていた手紙の内容を拝読する。
『天城聖華。先週の戦いぶりを見て、是非とも君へ一つ依頼したいことがある。
明日の深夜、怪盗灼猫が妖かし連盟の本部に隠されている幻の妖器を奪いに来る。聖華殿には灼猫からその妖器を守るために協力してほしい。
妖かし連盟より』
「怪盗灼猫か……。ちょうどいいな」
「聖、行くのか?」
「ああ。才花、お前も来るか?」
「いえ。私は丁度明日に予定が入っていましたので、そちらの方に行きたいのです」
「分かった。じゃあ黒猟犬、早速行くぞ」
聖華は気合い満々に腕を回す。
聖華は事務所を去り、そして妖かし連盟本部がある妖神市へと向かった。
大勢の人で賑わう大都市ーー通称妖神市。
そこには各地方から腕のある妖かし語りが夢を掲げて上京する場所である。それほどにここは妖かしと人との関わりが多く、更には財政面などにも活気のあるところである。
そんな場所に足を踏み入れた途端、人見知りである聖華の脳内は大パニックを起こしていた。
「黒猟犬。なぜここはこんなにも人で溢れている……。さすがに多すぎるぞ」
聖華はふらつく足で妖神市を歩いていた。
何度も何度も休憩し、そして何とか妖かし連盟の本部へとついた。
「黒猟犬。あとは任せたぞ」
「了解」
妖かし連盟本部へ入るなり、一人の男が彼女を迎える。
「待っていました。天城聖華殿」
彼の背後には神々しい角を生やした白馬がおり、その白馬の顎を撫でながらその青年は聖華へと挨拶をする。
「では早速話がしたいので、ついてきてもらえますか?」
「分かりました」
黒猟犬は聖華の代わりとなって返事をし、案内されるがままに二人は足を進めた。
案内された場所はみ閉ざされた密室、そこには窓がなく、あるのはソファーと机のみ。だが妙にひんやりしており快適な温度が保たれている。
聖華はすぐにソファーへ腰かけるが、黒猟犬は聖華の腰を持って無理矢理立たせた。
「何をする!?」
「聖、相手に促されたら座るんです。いきなり座るのは愚の骨頂」
「そ、そういうものか」
聖華は初めて知ったことに感激を受ける。
男はやや声を殺して笑いながら、聖華を座るように誘導する。それに答え、今度こそは正しいタイミングで座ることができた。
「初めまして。私は妖かし連盟幹部、神木将と申します。よろしくです」
「俺は黒猟犬、そして彼女が天城聖華だ。こちらこそよろしくだ」
黒猟犬が先導することに違和感は覚えつつも、それに反応することはなく神木は言う。
「天城殿には灼猫を倒すため、協力してほしいのです」
「ああ。それは良いのだが、手紙に書いてあった幻の妖器とは何だ?」
「それですか……」
神木は少し間を空けて考えると、静かにその口を開いた。
「では案内しましょう。幻の妖器とやらがある場所へ」
その部屋を後にする神木と天城、黒猟犬。
神木は巨大で漆黒色の扉の前へ立つや、大きく深呼吸をして息を整えていた。
「これから見せるものは一般人が知ることが許されない幻の妖器です。これから見せることはしますが、他言無用でお願いします。それが守れるのなら、この扉も向こうへと案内します」
「それほどまでに機密なことですか……」
黒猟犬はやや不気味さを感じ取ってはいたものの、後戻りはもうできない。
「分かりました。約束は守りましょう」
その言葉を聞くや、神木は扉へと触れた。
それを引き金とし、扉は少しずつゆっくりと開いていった。そしてその先に広がっていた光景……
「これは……!?」
それを見た天城と黒猟犬は驚きのあまり目を見開き、視線が釘付けになっていた。
「これが……妖器?」
思わずそう呟いた聖華。
その瞳に映っていたのは……
「ああ。あれが幻の妖器、???」
その先に広がっていたのは巨大な海、だが海水は扉が開いたことで動くこともなく、正方形の形をとどめたままそこに存在していた。
だが驚くべきはそれではない。
彼女らが視線を奪われたのは、そこに泳ぐ無数の人魚たち。
「これが幻の妖器!?」
「ああ。誰もが嘘だと思っていたかつての伝説、だがその伝説は存在した。だからこそここに彼女らがいる。君たちには理解できるか?この世界を、仕組みを」
分かるはずもない。
理解などさせてくれるはずもない。
眼前に広がっていたのは美しい光景、だがそれを神木は唇を噛んで血を舐めながら見ていた。
「世界とは、強欲だな……」




