第14話 弱き者、
鬼灯の修行から逃げ出し、聖華は妖かし語り学校の屋上で懐かしい思い出に浸りながら風に当たって寝転んでいた。太陽の光にも照らされ、寝心地は最高潮。
だが、最高潮だったバランスを崩すように日光を何かが防いだ。目を開けてその正体を確認するや、それは少年であった。
「誰だ、お前?」
「僕は風魔風士。この学校の生徒さ。だからお前に問う。なぜこんな昼間からこんなところでぐーたらしている?悪党だったら斬ってしまうぞ」
そう言った少年の手には刀が握られていた。だがその刃は脆く、そして小さくて使い物にならないものであった。
「少年。それがお前の妖器か」
「何か文句あるのか」
明らかに少年は機嫌を悪くする。
「妖器というのはな、使用者の想像力やシンクロ率、他にも多くの面によって強さを変える。お前とお前の妖かしはあまり深い関係ではない。だから、」
「止めろ」
風魔は衝動に駆られてなまくらな刀を振り下ろす。
「ほらな」
聖華の頭へとぶつかった風魔の刀、しかし刀は聖華の頭を斬ることはなかった。
その一撃で力尽きたのか、妖器は妖かしの姿へと戻る。
そこに現れた妖かし、その妖かしまだ赤子ほどの大きさしかなく、頭にはカボチャを被り、全身には黒マントを羽織っている。一見コスプレのようにも思えるが、わずかながらに妖気を放っている。
「妖かし、名は?」
「ボクはランタン。風士の妖かしなんだ」
「ランタンか。主は風魔が初めてか?」
「うん。そうだよ」
「なるほどな」
聖華は風魔とランタンの表情を確認し、何かを理解したようだった。
「お前たちはこの学校で最弱だ」
「何だと」
風魔は声を怒鳴らして聖華へと言う。
「だから、私がお前たちを鍛えてやるよ。お前たちがこの学校で上位十人に入れるほどの逸材に」
風魔とランタンは一瞬顔を輝かせて聖華を見るも、現実を見据えたのか、すぐに顔から笑みは消えた。
「無理だと思うか?」
「当たり前だろ。僕は弱いから……だから無理なんだ。才能の欠片もない凡人以下の存在。そんな僕が鍛えてもらったところで、何のせいかも得れずに落第するだけ」
「なるほど。だからやらないということか。最初から無駄だと決めつけて、お前はいつも挑戦することをしなかった。嫌だから。結果が出ないことが怖いから」
そう言い、聖華は風魔へと視線を向けた。
「……何が悪い」
ボソッと風魔は呟いた。
「聞こえないな。何て言ったんだ?」
「それの何が悪いって言ってんだよ。僕は怖いんだ。失敗することが、何もできないことが。だから逃げて逃げて、そっちの道の方が楽だったから。だから僕は逃げ続けてきたんだ。それの何が悪いんだよ」
感情的になり、息を切らして聖華へ叫んだ。
風魔は感情の整理もつかないまま走り出してどこかへと消えていった。
その姿を遠目にし、聖華は残ったランタンへと視線を移す。
「ランタン。お前の主は逃げてしまったが、お前は行かないのか?」
「無理だよ……。だってボクは弱いから。風士の妖かしがボクじゃなくてもっと強い妖かしだったら、きっとこんな苦難にぶつかることもなかった。今頃もっと高みを掴んでいた」
「そりゃそうだ」
聖華の相づちにランタンは落ち込んだ。
「そんなのそうだろ。強い妖かしが相棒ならば誰だって無条件に強くなれる。だが今の風士にはどんな妖かしも使いこなせない。ランタン、その理由がお前には分かるか?」
「分かんないよ……」
「なら覚えておけ。妖かし語りと妖かしの絆が深ければ深いほどに、妖器は強くあれる。逆にいえばその関係が諸々妖器へと反映される。お前が妖器になった際、なまくらな刀だった。つまりお前と風魔は表面上だけで絆の片鱗もないってことだよ」
聖華ははっきりとランタンへ告げた。
当然ランタンは肩をすくめて落ち込んだ。そんなランタンへ聖華は言葉を続ける。
「もしこのままお前が何もしなければお前たち二人はいつまでも亀裂が入ったままの小心者だ。いつまでもうわべだけで心から語り合うことはできない他人のまま。だがもしお前が風魔に向き合えたのなら、その時は少しは成長できるんじゃないか」
「成長……」
「はっきり言って、今のお前たちじゃ妖かし語りにはなれない。だから成長しねーと、いつまでも凡人以下のままだぞ」
聖華は立ち上がり、空を見上げた。
「妖かしと妖かし語りの絆が妖器の強さを上げる。それにな、まだ段階はあるんだよ。私から言えるのはここまで。後は自分たちで成長し、その先にあるものを見つけろ」
「わ、分かったよ。ボクはもう逃げない。ちゃんと向き合ってくる」
ランタンは屋上から去り、風魔を探しに走っていった。
聖華は相変わらず空を見上げたまま、呆然と立ち尽くしている。そこへ一体の妖かしが聖華の肩へと乗っかった。
「黒猟犬……じゃない!?」
聖華は肩に乗っかっている妖かしを見て固まった。
肩に乗っていたのは小人、全身真っ白で透けているかのような小人であった。
聖華はその妖かしを振り払おうとするも、手はその妖かしへ触れることなくすり抜ける。
「まずい……」
聖華は焦る。
そんな最中、先ほど肩に乗った妖かしと全く同じ妖かしが無数に空から降ってきた。その妖かしは学校中に降り注ぎ、地へ転がった。
「まさかこの妖かし……やはり……」
聖華は恐る恐る頭上を見上げた。
そこで視界に入ったもの、それは先ほど降ってきた小人の大きい版、その妖かしは全長十メートルはある巨体。
その妖かしは聖華目掛けて降る。
その妖かしが聖華へとぶつかる寸前、突如現れた妖かしはその妖かしを蹴りで校庭へと飛ばした。
その妖かしは聖華の肩へ乗っていた妖かしを食い千切るや、肩に乗る。
「すまん。遅れた」
「よく来てくれたな。黒猟犬」
現れたのは黒猟犬。
「なあ聖、あの妖かしって……」
「ああ。朧霊だ」
人が触れることのできない妖かしーー朧霊。
その妖かしは地へ降りるや、赤子のように立ち上がって聖華の方を睨んでいた。
「おいおい黒猟犬、お前、狙われてるぞ」
「速く妖器にしてくれ。殺されてしまう」
「仕方ないな。じゃあ始めるぞ」
聖華は黒猟犬へ手をかざす。すると黒猟犬は拳銃へと変化する。
「触れられないからと言って、舐めたら即死だぞ。朧霊」




