第12話 逃げる一択。
巨人の足は疲弊する聖華たちを踏み潰すように振り下ろされた。
聖華は咄嗟に才花を抱え、黒猟犬は河童を咥えて巨人の足をかわした。
「黒猟犬、いけるか?」
「その代わり、短期決戦で頼みますよ」
「了解」
聖華は才花を木の陰に横たわらせ、黒猟犬も動揺に河童を木陰に置いた。
「巨人、まずは黄色髪の女から殺れ」
黄色髪、その言葉を聞いて巨人が向いた彷徨には聖華がいた。
聖華は自分が狙われていることに気づき、すぐさま才花のもとから離れた。
走る聖華のもとへ、巨人の拳が勢い良く振り下ろされた。その巨人の拳をかわし、巨人の腕を走りながら聖華は黒猟犬へと手をかざす。
「拳銃」
黒猟犬は黒い霧のように変化し、聖華の手元へと吸い込まれるように移動した。黒い霧はその後一つの武器の形を作り出すーー拳銃。
聖華は腕の上を走りながら巨人の顔へ銃弾を何発も放った。だが銃弾は巨人の顔へ当たろうとも無傷で跳ね返る。
それでも聖華は執拗に銃弾を放ち続けるが、まるで無力とも言えるばかりに銃弾は意味を失うように地へ堕落する。地へ落ちる鈍い音が奏でるのは金属音、ではなくただの雑音。
「無駄だ。君の妖器では私の妖かしは倒せない」
タイタンは嘲笑するように聖華へと言い放つ。
彼女も分かっていた。
銃弾は通らない、この巨人は倒せない。
だがーー
「ーーだからといって、諦めるなんて真似、正義の味方はしないんだよ」
聖華は巨人の頭頂部へ乗り、そこから飛び降りた。そして宙に体を漂わせながら聖華は銃口を巨人の両目へと向けた。
「くらえ」
巨人の目に放たれた銃弾、巨人は目を押さえながら仰け反るようにして崩れた。その瞬間に聖華と黒猟犬は才花と河童を連れてその場から立ち去った。
タイタンは既に視界から消えていた聖華たちを仕留め損なったのを確認し、小さく落ち込んだ。
タイタンは巨人へ人差し指と中指を向けて呟く。
「戻れ」
巨人は灰のように変わってタイタンの手元へと戻る。そして灰は札の形となり、巨人は消えた。
そこへ一人の男は現れる。
「クロウ、逃がしてしまいました」
「初じゃないか。君が妖かし語りを逃がすのは」
男の低く体を震わすような声。
「そうですね。初めて逃がしちゃいました」
「まあ仕方ないよな。逃がしたなら逃がしたで良い。それよりもだ、じきにまた始まるよ。妖かし連盟主催による妖かし語り同士の戦い、"語り部"が」
「そこで狩りましょうか。妖かし語りたちを」
「いや。そこでは観察するだけだ。妖かし語りたちの強さを。そして情報を集め、徹底的に勝つ。負けるのは嫌だからね」
クロウはそう呟いた。
その声には微かに喜びが混じっているようにも思えた。
「そろそろ表舞台に立っても良い頃だね。我々"妖かし殺し"は」
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タイタンより逃亡した聖華たち。
人気のない路地裏で荒い呼吸を響かせ、疲れに身を溺れさせていた。
「あの男は一体何なんだ」
河童の愁は苛立つように言った。
「そういえば最近新聞で見たんだが、妖かし語りが何者かに殺されている事件が多く発生しているらしい」
「じゃあそいつらに目をつけられてしまったわけですか。聖は」
「厄介なことに巻き込まれたな。どうせそういう組織を倒したところで金は得られないし。それに今は金欠だしな」
聖華は懐が寂しそうにそう呟く。
「聖華さん。お金を一気に稼ぐ方法なら心当たりがありますよ」
「何だと!?才花、是非とも教えてくれ」
先ほどまでの疲れは何だったのか、というように聖華は才花へと目をギラギラと輝かせていた。
「それはですね、もうすぐ行われる妖かし連盟による大会です。その名も"語り部"。その大会で優勝すれば、賞金として三百万を手に入れられます。参加してみる価値はあると思いますが」
「なるほど。優勝か……」
聖華は露骨に落ち込んでいた。
「ですがですが、準優勝では二百万、三位には百万。そして何と言っても、大会初参加で好成績を残した者には五十万が与えられます。優勝しなくても大会は得られますって。それに大会で名を上げれば自ずと知名度も上がります。依頼だってたくさん来ますよ」
「なるほどな……」
聖華の顔には綻びが戻った。
しばらく腕を組み体を左右へ揺らして考えた後、聖華は言った。
「ではするか。大会に参加し、三位を狙う」
「聖、そこは一位だろ」
「三位で良いの」




