第10話 祓う者。
逢魔時は倒した。
だが、才花の体を侵食する黒色は消えない。
「才花……」
「黒猟犬、天城さんに伝えといて。私はあの事務所でいた時間はそこまで悪くはなかったって」
才花は黒猟犬の頬に触れ、そう言った。
河童の愁は歩み寄り、才花へと言った。
「主、死んでしまわないでください。あなたが死んでしまえば、俺は……俺はまた……」
愁は泣き、才花のもとへうずくまる。
もう助からない、そう理解していた才花は迫り来る死を前に恐怖を抱いていた。そして喪失感を抱く。
(離れ離れになっちゃうんだね……。いやだよ……)
才花の目からは涙が溢れ出た。
それは死を拒むから故の彼女の悲痛の叫び。
だが既に死は決まったことであったーーはずだった。
「お前たち、祓い魔語りに用はないか?」
「誰だ?」
黒猟犬は牙を向け、そう問う。
その問いに返すように、紫紺色の髪をした彼女は言った。
「私は無邪気祓現。邪気を祓う者だ」
「邪気を祓う?」
「ああ。今彼女は邪気に犯されている。このままでは彼女は邪気に飲まれ死ぬ。もし彼女を救いたいのなら、十万、それほどの金額を貰えれば引き受ける」
「ふざけるな。人の命がかかっているんだ。早く助けてくれよ」
愁は感情的になり、無邪気祓へとそう叫ぶ。
「いささか傲慢だな。それは」
無邪気祓は大きくため息を吐いた。
「世界というのは常に強者のみが生き残り、弱者は淘汰される。その例として、彼女は力がなかったからこそ自らを犠牲にしなければあの妖かしを倒せなかった。そして今、彼女の仲間である君たちは金もない。だから社会的にも弱者である」
「だから何だと言うんだ」
「言っただろ。弱者は淘汰される。強さがなくても金があればいい。だが金もなく、そして力もない。それで世界に何を望む。可哀想な状況に陥ったから助けてくれと、そう言っているのか」
「でも、そうしないと彼女が……」
愁はそれ以上反論できなかった。
言葉に詰まり、一方的に言葉を浴びせてきた無邪気祓と目を合わせることすらも躊躇った。
無邪気祓は見下すように愁を見下ろす。
才花は助からない、そう思われた矢先、黒猟犬は言った。
「十万なら払う」
「先払いでしか受け付けていないからね、今すぐ払わないと彼女は死ぬよ」
苦しむ才花を前に、黒猟犬は決断した。
「俺はお前を信用していない。だから才花を治すのが先だ」
「妖かしの癖に、私へ命令するのか。そういえば、後払いも受け付けてはいたな。その代わり値段は二倍の二十万だが」
小悪魔のような視線を黒猟犬へと向け、無邪気祓はうかがった。
「分かった。後払いで頼む。だから今すぐ治してくれ」
「後払いか。だが後払いなら値段は二倍の二十万。それなら先払いの方が良いと思うけど」
「そんなのどっちだって良いだろ。大切な仲間の命がかかっているんだ。金を犠牲にして一秒でも早く救えるのなら、俺はそれを選ぶ」
「妖かしの癖に、一丁前に言うじゃないか」
無邪気祓は黒猟犬の行動に感心する。
すぐに彼女は苦しむ才花のもとでしゃがみこんだ。
才花の全身には黒色が侵食し、それに才花は苦しんでいた。そんな彼女の胸の辺りへ、無邪気祓は手を当てる。
白い光が無邪気祓の手には輝いている。
その光を当てられている才花は、どこか表情は穏やかになっていた。
そんなことを続けて十分、才花の体から黒色は完全に消失した。
「これで治療は終わりだ。あとはしばらく寝かせておけば、起きるだろう」
「良かった……」
安堵する黒猟犬。
彼へ無邪気祓は無慈悲にも言う。
「では三十万を払ってもらおうか」
「約束だしな。では少し待っていてくれ。遠くから来ているもので、片道走って二十分ほどかかる」
「そうか。なら三十分で戻ってこい。そこから一分経つごとに一万上乗せする」
「無茶言うな」
「あれは私が通りかかっていなければ治せなかったのだぞ。感謝してほしいものだが」
「分かったよ。三十分以内に戻ってくれば良いんだろ」
そう言い、黒猟犬は地を駆け抜けて天城民間除霊事務所へと戻る。
事務所へつくと、黒猟犬はついこの前引き受けた蝉時雨との戦いで手に入れた三十万を手に取る。
「聖、すまないな。この金はいつか倍にして返すから」
丁度三十分、黒猟犬はそこへ返ってきた。
無邪気祓は黒猟犬から三十万丁度をいただくと、そのまま静かに去っていった。
「また会おうな。妖かしよ」
戦いは終わった。
そして才花を無事取り戻し、黒猟犬は一息ついた。
「何とか……依頼は達成したぞ。聖」




