第9話 黒色はまだ消えない、
黒い禍々しいオーラを纏った謎の妖かし。
その妖かしのおぞましさには恐怖を抱かせる何かがあった。その逆行の中で黒猟犬は逢魔時へと駆け抜けた。
牙を鋭く研ぎ澄まし駆けるが、黒いオーラに阻まれて進むことすらままならない。
「黒猟犬。大丈夫か」
「ああ。だがお蔭で近づけない」
黒猟犬は焦燥に駆られていた。
先ほど一人の河童の死を前にした。
彼女は全身を黒色に侵され、死んでいった。つまり体が黒色に侵された瞬間、命の有無はこの逢魔時に委ねられるということだ。
「黒猟犬、私にできることは何かないか?」
「才花。奴に触れずに倒すには銃弾しかない。だから今ここで才花の力を覚醒させる。覚悟は良いか」
「ああ。覚悟ならもう、できている」
そう言う才花であったが、恐怖は体に表れ、足は振るえ、汗を流している。
黒猟犬は才花の抱えている恐怖に気付きつつも、止めさせることはしなかった。
この策以外であの妖かしは止められない。
「覚醒って、どうやるの?」
「才花、聖が俺を拳銃に変えているとこを何度も見ただろ」
「見たけど、あれをやるとしてもどうやれば良いか分からない」
「これは妖かしとその主の気持ちがシンクロし、尚且つ相性が良い場合のみ可能なことだ。だから失敗に終わるかもしれない。それでもこれに賭けるしかない」
黒猟犬は全身に力を込め、体からモヤモヤとした何か黒い霧状のものを発生させていた。
「才花、俺に手をかざせ。そして頭の中で拳銃をイメージするんだ」
焦りながらも、黒猟犬は才花へ叫ぶ。
刻一刻と近づいてくる逢魔時、手に汗握る岸辺にて、才花は黒猟犬へと手をかざす。
「来い。黒猟犬」
だが、黒猟犬は拳銃へと変わらない。
そこへ逢魔時の黒い息が放たれ、才花と黒猟犬は地を転がり吹き飛んだ。
「そう簡単には行かないか……」
才花は再度立ち上がる。そこで気付いた。右足の一部が黒色に染まってしまっていることに。
「才花……」
「黒猟犬、私、死ぬんだね」
才花はボソッと呟いた。
手を広げ見ると、そこにも黒色で侵されている部分がある。才花は絶望しつつも、明るい表情をし、木の枝を構えた。
「どうせ死ぬのなら、私は最後まで抗いたい」
才花は木の枝を逢魔時へと向ける。
勝てるはずもなかった。それに倒せるはずもない。
黒いオーラに阻まれて、実体を視界で捉えることすらもできない。そんな妖かしを前に、才花は木の枝一本で立ち塞がる。
(これが私の最後の戦いか。ここで……)
才花目掛け、黒い霧が放たれる。
もしまた受ければ体は黒色に侵される。
それが分かっていても、才花は霧の中へと飛び込んで逢魔時を倒すべく木の枝を握る。
死、それを近づいた時、彼女は抱いた。
「ーーそんなの嫌だ」
そこへ黒い霧が晴れるように水の波が渦を巻いて現れた。霧を払うや水は消え、そしてそこには一人の河童が立っていた。
「なあ人間。妖かしのこの俺を使え。妖器、とかいうやつに俺を変えて使え」
「今度こそ成功させる。届け、そして来い。盾」
才花は河童へと手をかざし、自ずと盾を脳内でイメージしていた。河童は水のように変化して才花の手元へと進み、そして才花の手には盾が握られていた。
人一人分ほどの大きな盾、それが才花を守るようにして現れた。
「才花、そのまま特攻しろ。逢魔時の弱点は黒いオーラの中心にある赤い巨大な玉が核だ」
「河童、行くよ」
才花は盾を構え、黒い霧の中へと飛び込んだ。
霧は盾によって弾かれ、才花は霧の中を駆け抜ける。そしてとうとう赤く光る何かが見えた。
才花は大地へ強く足を踏みつけ、流れるがままに突撃を仕掛けた。
まるで硝子が砕けるような音が響いた。
それとともに周囲に漂っていた黒い霧はとぐろを巻いて空へと消えた。逢魔時は消え、才花は河童と隣り合って横たわっていた。
「私たちの……勝ちだ」
才花は言った。
けれど才花の体を侵す黒色は
ーーまだ消えない。




