東大寺先輩!
今日は2週間ぶりの弓道部だ。道場の一部が余りに劣化していると言うことで修繕が入る事になり、弓道部は暫く自由参加になっていた。私はその間テニス部に参加していたから弓道部に行くのは道明寺部長と松平部長のあの一件以来。道明寺部長大丈夫だろうか。
『この間は変な所を見せてしまって申し訳無かったわね。あんな恥ずかしい姿を見せてしまったのに今更だけど、あの事は内緒にしてくれないかな。』
部室に着くなり、いの一番に道明寺部長に話しかけられた。
「も、勿論です。誰にも話してません。でも、部長は大丈夫ですか?」
『私なら大丈夫よ!どんな形でも修造の力になろうって気持ちを決めたの。それに、あの後西村君と話す機械があって修造に振り回されてるって話で意気投合したのよ。で、お互いにライバルだけど修造は野放しに出来ないってことで「修造を戒める同盟」を結んだの!』
道明寺先輩は案外早く立ち直ったようだ。こんなに張り切っているようなら大丈夫だろう。
其にしても松平先輩は影で自分を戒める同盟が結ばれてるの知らないんだろうな~。この前、テニス部に参加した時に「彩音は元気か?」って神妙な顔で私にこそっと聞いてきたのに何か可哀相になってきた。
『何、ぼけっとしてるんだ広瀬。さっ、ストレッチ始めるぞ!』
「あ、すいません。東大寺先輩。今日も宜しくお願いします。」
東大寺先輩と一緒にストレッチを始める。結構密着するから少し恥ずかしい。
2年生は女子が1人しかいなくてその一人は港さんと組んでるからどうしても一人は男子と組むしかないんだよね。部長も3年生の女子と組んでて手が空いていないし。東大寺先輩も気を使ってる様子で何だか申し訳ない。
ズルッ!! 「ウワッ!!」
むぎゅっ。
『「!!!」』
考え事をしていたせいで手が滑り、東大寺先輩に覆い被さってしまった。
と、同時に私を支えようとした東大寺先輩の手が、私の胸に!!!
「す、すいません!!」
『す、すまん!!』
お互いに凄い勢いで離れるが、勢いが付きすぎて、
「オワッ!!」
『危ない!、、、大丈夫か?』
何なのこれ!?何この状況!!?
後ろに倒れそうになった私を助けようと東大寺先輩が私をささえて引き寄せ、端から見たら今の私と東大寺先輩は何処かのメロドラマのヒロインと王子様だろう。は、恥ずかしすぎる!!
「東大寺先輩今日はすいませんでした。」
『いいや、気にするな。俺こそ事故とは言えお前の、、その、、』
「き、気にしないで下さい!!私のペチャパイなんてそこら辺の壁みたいなもんですから!」
『壁って、お前、、フッ、、本当に可笑しな奴だな。』
部活帰り私は方向が一緒だった東大寺先輩と校門に向かっていた。ナヨ君とは校門で待ち合わせをしている。
先輩と弓道部での話をしながら歩いていると、
『泊。こんなところで何をしている。今日は、、、。広瀬さん、君も一緒だったんですか。そうか、貴女も弓道部でしたね。部活はどうですか?』
東大寺先生だ。先生と先輩兄弟だったよね。学校で2人が一緒の所を見たことがないから忘れてた。
「東大寺先生、先生のおかげで弓道部もテニス部も楽しんでます。」
『そうですか。其は良かった。』
東大寺先輩どうしたんだろ。さっきから一言も話さない。表情も心なしか暗い。こんな先輩初めて見た。
『泊。部活が終わったなら早く帰りなさい。自分のやるべき事を忘れるな。』
『そんなこと、分かっている、、。』
兄弟なのに何かおかしい。仲が悪いのかな?
東大寺先輩はその後一言も話さなかった。まるで何かを思い悩んでいるかのように。
「じゃあ、私はここで。」
『ああ、、。』
『モモちゃ~ん、待ったぁ~?』
東大寺先輩が帰っていく。見ているのは後ろ姿のはずなのに、何故なのかとても寂しくて、哀しくて、彼が泣いているように感じた。
「ナヨ君、先に帰ってて、、。」
『え!?モモちゃん?』
思わず駆け出していた。
「東大寺先輩!」
『!』
「あの、私、良く分からないけど、先輩は大丈夫です!この先何があるか何て誰にも分からないけど、今を楽しんで自分の為に努力することが出来ればきっと未来は開きます!」
『何だよ、行きなり。、、意味分かんねぇよ、、。』
「そ、そうですよね。可笑しな事を言ってすいません。でも、どうしてか分からないけど先輩が哀しんでる様に見えたんです。」
『なんだよそれ、、。』
東大寺先輩はちからなく笑った。
『別に、哀しいなんて思ってねぇよ。ただ、不甲斐ない自分に嫌気がさしてただけ。』
「不甲斐ない?なんでそんな、、。先輩は頼りになるし、全然不甲斐ないなんて事無いじゃないですか。」
東大寺先輩が不甲斐ないなんてあるはずがない。
だって、部活では弱小ながらもなんとかいい成績をおさめようと後輩の育成にも一生懸命だし、効果的な練習方法を自分で調べてきて積極的に道明寺部長に提案している姿を何度か見かけた。その姿は部長よりも部員の事を考えているようにも見えた。
学校の成績だって毎回学年10位以内に入っているけど、それに奢ることなく周囲への気配りも出来るから人望も厚いのだと先輩方から聞いている。
なのに何故?
『俺の兄貴さ、スッゲー奴なんだ。今は好きで教師やってるけど、本当は色んな大学から誘い受けてて、皆に期待されてて、、その期待にちぁーんと答えちゃうスッゲー奴。、、なのに俺は、兄貴の足元にも及ばない。どんなに頑張ってもテストも学年1位になれないし、部活では大した活躍も出来なくて、何やっても中途半端。そんな男は不甲斐ない意外何でもないだろ。』
東大寺先輩はそう言いながら何かを諦めているように哀しく笑った。
この人のこんな顔見たくない、、、。
「そんなの何てことないです!結果がどうあれ頑張ることに意味があるんです!諦めずにやり続ければ其だけで自分の糧となる。努力が報われない時もあると思います。それでも自分の力になってるなら無駄じゃ無いんです!だから先輩が頑張ってるなら不甲斐ないなんて事、無いんです!」
東大寺先輩は私を見つめたまま何も言わない。目に動揺が見える。
まだたった12歳の私にこんな事を言われても何の説得力もないだろう。
でも、黙ってられない。こんな顔の先輩を放っておくなんて出来ない!
「もし、先輩がどうしてもくじけそうなら一度立ち止まってみてください。
人には休息も必要です。そしてまた頑張る力が湧いてきたら、他の誰でもない、自分の為に頑張りましょ。もし、その時に誰かの支えが必要なら遠慮せずに誰かに頼ってください。きっといつも頑張っていた先輩なら支えてくれるはずです。」
人に頼るのにも勇気がいる。真面目な人ほど其は大きい。でも、少し勇気を出して手を伸ばせば東大寺先輩ならきっと沢山の人が手を差しのべてくれるだろう。
『、、、それは、、お前も、、入っているのか?』
私?そんなの聞くまでもない!
「はい!!勿論です!!私なんかで良かったら、私は何時でも先輩の力になります!!」
『フッ、、、本当にお前は、面白い奴だな、、。』
東大寺先輩はそう言って笑った。今度は哀しい笑顔なんかじゃない。
何時もの優しい笑顔だ。
東大寺先輩は帰っていった。心配もあるが、少しでも先輩の気持ちが軽くなったなら今はそれでいい。
私に出来ることはやる。東大寺先輩だけじゃなく、それは誰にたいしても同じだ。
『モモちゃん!何やってたのさ!!』
先ずは一人残され真っ赤なゆでダコ状態になったナヨ君を、人間に戻すことから始めよう。




