はしりの日④
やっと修正おわったので次に進むぞー
帝国の街の一つであるセブは住みやすいと評判が高い。
セブの街に色々な区間があるが、特に一般区間には、毎日出店が開き様々な商品が店頭に並んでいた。
昼時過ぎにも関わらず、店主の威勢のいい掛け声や婦人の商品の値切りにも余念がない。
そんな外の世界とは違い彼は目の前でどや顔を晒してるアンを仰ぎ見上げ、盛大にパニックになっていた。
(誰が黙らせてと言ったら、あんな残酷な黙らせ方を想像するの? 誰がこの子を育てたの? ……俺やん……)
嘆きの声を溢しつつ彼は、辺りを見回す。お気に入りのカフェの店内は、見るも無残に変わり果てていた。蹴り上げられ天井に衝突し砕け散った椅子の残骸、急激な気温の変化に耐えられずにヒビの入った窓と食器。特に異様に見えるのはそこの死体だろう。阿鼻叫喚その一言に尽きる。
(もう知ーらない、厄介な警備兵が来る前に逃げることにしよう。これ以上巻き込まれたら、命がいくつあっても足りないし)
そう思い、彼はアンにここを出ることを伝える。
「アン、ここでの用事は終わった。外に出よう」
「了解しましたお父様。お足元お気をつけてください」
アンの言葉を聞くや否や、彼はゆっくりとした動作で店内を歩く。歩くたびに、店内の残骸を踏み耳障りな音が静寂の空間に響く。
「店主、迷惑料だ。とっておきなさい」
彼はおもむろにその場で財布の口を開け逆さにし、ジャラジャラと爽快な音をたて金貨が店内に散らばった。その姿は大胆で偉そうで、先ほどのおびえていたとは思えないほどだ。
その金額はおよそ二百万バラ、一般家庭なら十ヶ月くらいは質素に暮らせば生活できるほどの大金だ。
そんな、彼の姿に口を隠しながらアンはうっとりと見ていた。きっと彼女に目には彼がかっこよく映っていたのだろう。照れたように頬が明るく朱色に染まっていた。
(なんだよ、アンそんなにジロジロ見たって店長に寄付した現金を拾うような真似はするなよ。しかしアンのやつ、はぁはぁ言いながら見てたし、そんなに現金が好きなのか。やっぱり俺が育てただけあるぜ)
よしっ、というか掛け声と共に二人はカフェを出ていく。自宅でもある孤児院に早く帰ろうとする彼の思いとは裏腹にアンの声が聞こえてきた。
「お父様、帰る前に少し冒険者組合に寄りたいのですが、よろしいでしょうか?」
冒険者組合には酒場も併設されているため、時には怒声や喧嘩が絶えない一般人にとっては危険な場所である。しかし冒険者にしか知りえない情報や依頼、はたまた討伐願いなんて物騒なものもあり冒険者は足しげく通うのである。
「わかったアン、では君の行きたい所に行こうか」
「ありがとうございます、お父様」
◆◆
セブの一般区間のちょうど中間にある中央広場と呼ばれる場所がある。
そんな中央広場にほど近い所に、冒険者組合は存在する。
いつもならば活気の良い声が聞こえてもおかしくはないが、突如として終わりを迎えた。
二人に目を奪われ、視線がくぎ付けになったからだ。
極めの細かい白い肌。日光によりきらきらと長い金髪がなびき誰もが振り返るような十代から二十代程度の女性。金の髪に碧玉の目を持つ女性は珍しくない。しかし、なぜか無視できないような妖艶さと美貌を併せ持っていた。
そんな女性とは対照的に男の方はさえない。確かに漆黒のような髪と目を持つ者は、このあたりの人間ではないと思わせる。しかしそれだけだ、明らかに隣の女性と釣り合いがとれていない。
歪でどこかちぐはぐな二人組に、冒険者なりたての若造やこのあたりのことを知らない旅行者は女性の方に見惚れていた。
視線の的になっている、アンと彼はようやく冒険者組合に到着した。
「(こわっ、一度冒険者組合で絡まれたからもう行きたくないんだよな)アン、俺は外で少し様子を見ている」
「はっ、分かりました。すぐに戻ってきますので、あちらの掲示板のあたりで落ち合いましょう」
そこには依頼や危険な依頼が張り出している掲示板があった。その掲示板には冒険者の間に留めておくには危険な一般人にも関係するような情報が張り出されている。
張り出される依頼も特A級のものばかりで、これを受注するのは冒険者でも英雄と呼ばれる人握りの者たちだろう。
掲示板をろくに読めもしない彼は一人アンの帰りを待つ。
(何故アンが冒険者組合に行く必要があるのか。…………あっ、まさか。俺の財布事情を察してくれたのかな?? なんだよぉ〜、そう言ってくれれば手伝ったのに!! 良い子に育ってお父さんは嬉しいぞ)
彼の顔がにやけてしまう。掲示板を見ながらニヤニヤしている異国の者、傍から見たら通報ものだが彼は気にしない。
そんな彼を置き去りにアンは冒険者組合に足を踏み入れる。
乱暴な扱いにも耐えられそうな重厚感のある扉をアンは押し開ける。入れば、そこは広々とした空間が広がっていた。そして部屋の奥にはカウンターが目に入る。そこでは受付嬢が荒くれ者の多い冒険者に笑顔で対応していた。
テーブルに座る幾人の冒険者もアンの美貌に目を奪われる。
そんな新人の元に、顔に大きな古傷のある冒険者が静かに耳打ちする。
すると、さっきまで見惚れて赤くなっていた顔が、嘘みたいに青白く変色していく。
アンはそんな様子にも慣れたように歩を進める。
ちょうど一組終わったようで、偶然にも開いた受付嬢の方へ行き要件を伝える。
「ちょっと、今度うちの孤児院で旅団クラスを討伐しに行きたいんだけど、何か良い依頼はあるかしら?」
「は、はい。では、こちらの最近街を騒がしている【アジール】なんていかがでしょうか」
「へぇ……ダサい名前ね。それでどれくらい強いのかしら」
「なんでも数が多くて普通の冒険者では難しいそうです。あと、頭領がとても頭のキレる人だそうですよ。いつもフードを目部下にかぶっているそうで、まだどんな顔かも知られてないんですが」
「ふーん、じゃそれでいいわ。詳細を教えてもらえる?」
「はい、わかりました」
アンが受付嬢から討伐以来の概要の説明を受けている中、一つのテーブルに男たちが集まり話し込んでいた。
がやがやとした空間の中で、皮鎧に弓を携えた男性と全身鎧を身に着けた男性が顔に傷のある男に話しかける。
「なぁ、なんであのねーちゃんが入ってくると皆そんなにピリピリしているんだ?」
「なんだ、坊主しらねぇのか。あいつはな、あの荒野にある孤児院の幹部の一人なんだぞ」
「嘘だろ……。あんなにかわいい子が」
「別に信じなくてもいいがよ、こっちも新人が無駄に死なないように親切心で言ってるだけだ。命がほしけりゃあいつらにはかまうなよ? いいな」
「はーい、気を付けますよー」
そんな先輩の忠告を受けた男性たちは、先輩の話を軽く受け止めながらいそいそと冒険者組合から出ていった。
◆◆
彼が待つ待ち合わせ場所にアンが戻ってきた。
「お父様お待たせしました。無事に目的は達成できました」
「それは良かった。して、アン君はどんな用事で冒険者組合に?」
「ええ、そろそろ遠足の季節ですので、それに見合った依頼を受けてきたのです」
「なるほど、確かにそろそろそんな季節だね」
「あのっ!! ……お父様も一緒に遠足に行ってくれませんか? 今はサンがいないので少々不安で……」
この孤児院では季節の行事を行っている。彼の生前の日本のように春なら花見、夏なら遠足やバーベキュー、秋なら紅葉狩り、冬なら雪合戦などを行う。
それを行う理由は、なんとなく子どものストレスを発散させた方が良いだろうと彼が思ったからだ。そのくせ企画に彼は参加したことはない。企画だけ出して後はサンやアンにすべてを任せてきた。
「うん、ではその遠足に付いて行くことにしようかな(遠足くらいなら危険もないし行ってやってもいいか)」
「本当ですか!! 良かった!! 孤児院の子ども達もいつも以上に騒がしくなりそうですね、今まで院長と一緒にというのはなかなか、なかったですから」
アンの言葉に罪の意識から善人にも悪人にもなれない彼の心がささくれ立つ。そんな罪悪感から嘘を吐く。
「すまない、忙しくてな……」
「いえっ、あの、そのお父様を責めている訳ではないのです、お父様が忙しいのは重々承知しておりますから。ただ、嬉しくて……、ふふ楽しい遠足にしましょうね」
眩しいくらいの笑顔を彼に向けるアン。
彼はコクリと首を振り営業スマイルでアンのお願いを了承した。