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はじまりの日 ③

長くなりました…


 孤児院を後ろに、一台の馬車が走る。

 

 四人程度乗ってもビクともしなそうな黒い大きな馬車を珍妙な生き物が四頭でひいている。その珍妙な生き物とはサンドバクという体長2メートルサイズの生物だ。

 

 そんな謎の生物の特徴は、象のように少し鼻が長く、鋭利な牙が短く口から伸びている。しかし頭は小さく脚は短く、体色も荒野で目立たないように明るい灰色をしている。

 サンドバクは馬よりは最高速度は遅いが、持久力と耐熱性能が優れているため、この孤児院でも飼われているのだ。

 

 漆黒の馬車に乗ってアンと彼は移動している。正確に言うと、アンは馬車を操縦するべく御者席に座り、彼は偉そうに客車に座っていた。

 客車も彼専用で、なんでもよくしなる金属を使ったサスペンションなるものをつけ、クッション性能を上げているそうだ。見た目も黒を基調とし、所々に金の装飾を施し絢爛豪華な仕様なのだ。そんなものをただお昼ご飯を食べに行くという目的のためだけに利用する。

 

 

 

 

 砂埃が舞う晴天の中、アンの長い金髪は光を反射してキラキラと星のように煌めいてた。そんなアンの心境は見た目とは裏腹に重く井戸の底に突き落とされたように沈んでいた。

 

 アンの心は一杯一杯になり孤児院でも古株のある人物を話題にした。そのある人物とは今では帝国の三大将軍の1人で孤児院の幹部からは、鎧娘または堅物と呼ばれている女性だ。

 

 

「お父様知っていますか? あの鎧娘から手紙が届いたのですが、なんだか近々休暇を貰って帰ってくるらしいですよ、堅物のあいつが帰ってくるなんて……やっぱりお父様も煩わしく思いますよね?」

 

 

 答えは沈黙。馬車が荒野を駆ける音しかアンの耳には入ってこなかった。焦る、その空白の間がよりアンの焦燥感を駆り立てる。

 

(もしや、お父様はあの堅物鎧娘よりも私を鬱陶しいと感じているのではないか!? いつもいつも帰ってきてはお父様の部屋に侵入して、勝手に片付けをしてしまう鎧娘よりも、甲斐甲斐しく御身を御守りしている私の方が邪魔な訳がない! ! )

 

 ドクンドクンと心臓の音がいつもよりうるさく感じる。希望と願いを込めて彼をみる。

 

 そこには微笑みながらアンの話に同意したように頷いてくれている彼の姿が。

 

 さっきよりも心臓の鼓動が響いている。これは一体、何度目のトキメキだったのだろうか。恋あるいは愛それらが複雑に絡まり合い、まるで蛇のように彼女の心を這っていく。

 

 

 ──アァァ、やっぱりお父様は私の……私だけの味方だったんだ。

 

 アンはいつもより少し声を高くし、口早に話しかける。

 

「お父様やはりあの鎧娘は邪魔ですよね、そうですよね。何かあったら私が助けに入りますからね、なんでも言ってくださいね。あっ、安心してください、幹部同士で殺し合いはしませんよ。下手を打ったら他の連中に漁夫の利を狙われるかもしれませんし」

 

 事実、幹部同士で本気の殺し合いはまだ行われていない。幹部が弱り、力をなくした瞬間に他の子どもに喰われる。

 

 

 

 ともかくアンは大好きなお父様に肯定され嬉しくなり、次々と彼が言葉に疎いことも忘却し口早に話しかける。

 

「あっ、そうだ。私もお父様と同じくらいと言ったらおこがましいのですが、少しは魔法が上手くなったと思うんです。こないだも、あの場所を聖地とする邪教徒が侵入してきた時に役に立ったんです。相手を苦しめるために徐々に脚の先から凍らせたんですが、それの制御が始めて上手くいったんですよ。死にかけそうな所で回復魔法をあのサイボウブンレツという呪文を付け加えて唱えたのに、痛がっていたのは私がまだ未熟だからでしょうか…… あっ、そうだ今度お父様直々にまた魔法を教えてもらってもよろしいでしょうか……お父様と一緒ならば上手くいく気がするのです、どうでしょうか?」

 

 

 アンは緊張しているらしく、その様子が強張った表情から伺えた。吹き出した汗が下に落ちるがそれすらも気にならない。決意を込めて再び彼の方を確認する。

 

 そこには先ほどと同じように首を縦に振ってくれてる彼の姿があった。逆光で表情までは見えないが、きっと優しい顔をしてくれていることはアンの脳内では容易に想像できた。

 

 しかし、彼は異世界の読み書きがゆっくりでないと分からない程のぽんこつなのだ。はたしてアンのお願いを正確に理解していたかと言われたら疑問が残るところではある。

 

 

 そんな調子で、殺風景な荒野を2頭のサンドバクが砂利や雑草を踏み荒らす音や、アンの話し声を聴き流して前進する。

 

 ううどうしよう会話のネタも尽きてきたしと、アンが考えている内に既に30分が経過している。アンは1度思考に集中するとそれに没頭しすぎるきらいがある。そこで彼女は無理矢理、思考を打ち切りちらりと客車を見る。

 

 そこには、ふかふかの客車で優雅にお眠りになっている彼の姿があった。すーすーと規則正しく寝息をたててグッスリと寝ていた。

 

 雷に打たれたかの様に体を震わせる。その震えは嫌なものではない。まるで一目惚れをした乙女のように、細胞レベルで彼に体が反応を起こしたからだ。

 

 

 

「ふふふ、寝ている姿も素敵ですよお父様。やはり客車全体の気温を下げて快適な温度に調節しているのが良かったのかしら」

 

 

 起きてしまわぬようにアンはそう囁いた。その顔は贅をつくした娼婦のように艶やかでしっとりと彼だけに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 2人を運ぶ馬車はついに目的の街へとたどり着いた。そこはセブ。帝国の貿易や海外との関係を維持し発展させるため、異国文化を摂取する窓口としても機能する特異な街であった。そんなセブは潮騒の音と活気のある店や人の声、それらをBGMにして精力的に街は活動していた。

 

 街並みも美しく石造りの建築も規則正しく碁盤の目のように列を成す。貿易も盛んに行われてるということもあり、そこら彼処で珍しい宝石屋や魔道具屋、はたまた魔獣ショップなる店もあった。

 

 アンはそれらに眼もくれず、彼のお気に入りのお店へと馬車を走らせる。何度も行ったことがあるため、迷いはしないが流石はセブ、人通りが多いのだ。

 

 がやがやとした人混みに逢うたびにアンは不機嫌になっていく、そんなアンの人知れぬ苦労もやっと終わりを告げた。目的のカフェに到着したからである。石造りの建物が殆どを占めるなか、このカフェは世にも珍しい木造建築なのだ。なんでも腐食に強いヤマチェリーという東洋の木を使っているらしい。

 

 外見も2階建てで陽当たりもよく、陽射しが当たるテラス席にはお昼どきを過ぎているというのに、まだまだ人影が見える。その店内は木のぬくもりをとても感じることができ、落ちつく雰囲気を漂わせている。

 

 

 先程までの機嫌の悪さは何処へやら、聖母のような顔で彼を優しく起こす。

 起こすときも声だけでなく彼の体も優しく揺らすのがポイントだ。そうすることで、彼に触れられる機会が増える。

 

(それにお父様は、いつもこうやって起こすと照れてくださり、私の顔を見て恥ずかしそうに頬を染めてくださる。ふふふ、愛おしいわ)

 

「お父様お父様起きてください、着きましたよ」

 

 そんなアンの言葉で寝惚け眼の彼はすぐにむくりと起き上り、寝起きの顔をくしゃくしゃにしながらアンに微笑んだ。

 

 

 ──カランコロンとドアに付けられた鐘の音が店内に響く。

 

 

 店員が此方を見て少しだけ表情が歪む。他の客はそんな店員の顔とは対照的にアンを見て頬を緩ませ、彼を見て何故? とでも言いたそうな表情をする。些細な変化だが、アンは見逃さない。まぁそんな小さな事でアンは相手を問い詰めたりしない、我慢ができる女なのだ。

 

 

 そのまま2人は店員に案内されるまま席に座る。その席は窓際で店内がよく見渡せる場所だ。

 

 

 

 そんな静寂は、無残にも愚かな者によって砕け散る。

 

 

 ドアが乱暴に開いた。皆今の現状を理解できていない、そのため一瞬の空白。無音の状態になる。そんな中で汚い仮面をした、見るからに野蛮な男が叫ぶ。

 

「──動くんじゃねえぞ、お前ら。動けば命の保障はしねえ」

 

 

 

(糞虫共がぁッ!! 私とお父様の大切な時間をぶち壊しやがって……。殺す、何としても殺す、壊して殺す)

 

 そんな心情とは裏腹に、頭は冷静に敵を分析する。まるで研究者のように対象を冷たい眼で観察する。観察することで分かることがあった。

 

 

(この糞共……、闇ギルドや盗賊団の一員ではないな。動作が慣れている人間のものではない。それに、隣の席の餓鬼が泣きだして、少し焦りが見える。プロならば殺すなり、母親に黙らせるなりするだろう。だとしたら、コイツらはなんだ? 偶々入ったカフェにこんな都合よく強盗に入られるか? いや、それはない。これはきっとお父様からの試練なのかも知れない。流石は神算鬼謀と謳われるお父様だ、こんな傭兵崩れの動きでさえ看破していたとは。だとしたら、何故こんなに雑魚の相手を用意されたのだ。

 ──ま、まさか私の相手はこんなゴミムシで丁度良いと考えて……可能性はある。ともかくまず、この認識を改めてもらわなければ。そして、私が一番使えると思ってもらえる様にこのゴミを迅速に殺す)

 

 

 先程から、魔法を行使しなくても怒りと殺意によってアンの体から魔力が迸り現実世界に徐々に影響を与え始める。ピキピキと結露がついた窓でさえ、暖かかった珈琲でさえ彼女の魔力に感化されたように凍っていく。

 

 そんな超常現象は誰もが起こせる訳では無い。途轍もなく強い魔力と干渉能力の2つを有していないとできない。

 

 わけのわからない状況に隣の席の子どもが理解できない力に泣き出してしまう。そんな子どもの声でさらに犯人達も焦りだす。

 

 

「な、なんだこりゃあ! おいどうなってやがんだッ!!」

「ボス、なんかやばいっすよ!! 」

「逃げましょうッ!! 」

 

 

 目の前でそんな愚かな相談をしているのをただアンは見ながら、ほくそ笑む。

 

 アンとは対称的に彼は今の訳の分からない現象に、子どもと一緒に泣き出してしまいたいほど参っていた。

 

(シャレにならない。冗談じゃない。わざわざ荒野を抜け、カフェでランチとコーヒーをいただこうとしただけだぞ、どうしてこんなことになっちまったんだ。ともかく、アンは魔法が使えるがそれでもあんな大男数人に、勝てる訳がないんだから隣の子どもをおとなしくさせてもらわないと)

 

 

「アン、おとなしくさせて」

 

 背筋が冷んやりとした、汗も滲みだしてきた。そんな事を冷静に考えると余計に不安になりながら伝える。

 

 

 

 

 激しい踏み込みの音と共にアンは、目の前の邪魔な障害物と化したイスを蹴った。進路を確保しクラウチングスタートのように重心を低く前にする。息を吸い、一拍の間を置き踏み込む、さながら猫が獲物を狩るように。

 

 その時のアンの目はただひたすらに黒く、まるで光を呑み込むように人殺しの目に切り替わっていく。

 

 

 3メートルほど離れた男に僅か一歩で接近する。男の眼がアンを映した時には、顎から蹴り上げられ空中に漂っていた。しかし男は一生、地面に生きたまま落ちる事はなかった。蹴り上げられたあと、そのまま魔力の放出をもろに受け氷の柱と成り果てたからだ。

 

 

 アンは敵を殺したながら思考する。

(やはり弱い……これならば一瞬で殺して尽くせる。こんなに貧弱ならば呪文を唱えて魔法を使う必要性もない、私の魔力を当てるだけで凍っていくだろう。2人目はどうやって殺そうか、体内から凍らせてオブジェにしてあげよう。きっとお父様も笑ってくださるはずだ)

 

 

 アンの貫手が相手の体内に侵入し、手が濡れ生暖かさを感じる。その暖かさも直ぐに終わる、一瞬のうちに氷の銅像の出来上がりだ。

 

 その次も次も次も次も、ただの作業にしか感じない。

 

 戦いとも言えぬ蹂躙が繰り広げられる。憐れみすら感じる中、アンは白い歯をこぼし、にやりと笑う。負けるはずはないと思ってもいても体は緊張していたらしい。少しの安堵感を満足気に噛みしめる。

 

 

 愛する父の期待に応えられた筈だと思い、アンは少し得意げに告げた。

 

「お父様どうでしょうか。お父様の命令通りに騒がしかった者をおとなしくさせました」

 

 そんな命令を出したっけ? と自問自答をする彼。しかし、目の前の惨劇は何も変わらない。無慈悲な現実が彼を襲う。

 

(ぇぇぇぇぇ、何やってんのこのメスガキ!? たまたま今回は勝てたけど、俺は子どもをおとなしくさせろって言ったんだけど!? 頭のネジ外れてん じゃないのか、普通あの人数差で突っ込まないだろ!! 

 そんなやり遂げましたお父様、みたいな顔で見られても苦笑いしか出せませんよ)

 

 そんな苦笑いの彼とアンの思いはすれ違う。

 

 

(──ふふふ、お父様も笑ってくださっている。やはり凍らせて殺したのは正解だった! 体も汚れてはいないし、お父様もこれで私も少しはできると考え直してくれればいいのだけど)

 

 

 

 

 アンは残虐の限りを尽くしたカフェの中で、大きく深く息を吸う。そしてハァーッと息を吐く、その息は自分で作った愉快なオブジェのおかげで真冬のように白く色付いていた。

 

勘違いって書くの大変ですよね…

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