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はじまりの日 ②

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アンとサンは院長の呼び出しに答えるために孤児院を疾走している。時間は昼頃らしく、孤児院の窓から斜めに日が入っている。

 そんな孤児院の廊下のから騒がしい足音が反響する。地下室から院長室まで約30秒かかるが、少しでも早く着くために床を力強く蹴り、更に加速していく。

 

 もし孤児院の子どもが院長に呼ばれたならば、それは何よりも優先して院長の呼び声に答えなければならない。まるで盲信者のように考えるよりも先に身体が動いてしまうのだ。

 

 

 そんなアンとサンは、相手より先に院長に会うためにお互いに牽制し合いながら廊下を走る。時折殴り合っているような、鈍い音が廊下に響く。そんな有酸素運動をしているため、息を整えたらどうだと身体が訴えかけているが、疲れてきた身体に鞭を打ち、二人は走り続ける。

 

 しかしそんな、いがみ合いも終わりの時間がやってくる。それは院長室が近づきこれ以上騒げば、父である院長に迷惑がかかってしまうと考えたからだ。お互いに矛を収め、二人は青痣が見える相手に構う暇はもうないと、院長に会うべく急いで身嗜みを整える。

 

 昔返り血がついていた事があり、その姿で近づかないでと言われたためだ。

 

 そんな出来事からアンはきっと孤児院の女性たる者、いつでも夜伽ができるようにするためなのですねお父様と、孤児院の女性メンバーに情報を広げていた。

 

 

 アンとサンは孤児院の廊下の先に院長がそこに立っていることを確認した。

 

 そんな院長である彼に向かって全力で走る二人。

 

 彼の目から見ればアンはまだ良いさらりとした金髪に碧眼、服装も可憐な少女のような白いワンピースでまるでお嬢様のような見た目だからだ。

 しかし、サンはまるで黒い狼を二足歩行にしたような容姿をしている。そんなサンは今院長を探すために眼が血走り、前に突き出た口からは恐ろしげな牙が覗いている。ハァハァと息も荒らげ赤い舌がチロチロと見え隠れする。

 考えても見てほしい、そんな人狼のような生物が自分めがけて全力で向かってくる。普通の社会人だった彼にとってはそれは、恐怖以外の何物でもない。身体がみっともなくガタガタ震えてしまうのも仕方がないことだろう。

 

 今だって彼はサンを見て内心ではこんなことを考えている。

(ひぇ……サンが怖すぎておしっこちびりそうなんだけど……無理、一緒に歩きたくない。もういいや、見た目だけ美女のアンと2人で行く事にしよう。サンは適当にスラムに行かせて子どもを拾ってくるように頼もう。俺が行くのも最近面倒くさくなってきたし)

 

 

 そんな彼の様子に二人は未だに気付かず、お互いに相手より有能だということをアピールする。

 

「父上ッ!! サンただいま参りました」

「いいえ、お父様。アンの方が先に参りました」

 

「「ってめぇ! いい加減にしろよ! 私(僕) の方が早かった!! 」」

 

 

 そんな事を言い争っていると、アンの耳にはカタカタと小さい音が聞こえる。その音の発生源にゆっくりと眼を向け観察する、情報を少しでも見逃さないために。

 

「お父様? 具合が悪そうですよ?」

 

 本当に体調も悪そうなのでアンは考えもなしにそう言葉にした。返事はなかなか返ってこない。

 

 アンはそんな院長を見て疑問に思う。

(──待て、お父様がサンを見ながら震えている? どうしてだ? まさかサンを見て恐れている? いや、そんなはずはない。私達のお父様が私達を恐れる訳がない。だとしたら……なにかを言おうとして緊張しているのか!)

 

 

 アンは自らの脳を高速で回転させ次の言葉を待ち、サンの方をちらりと流して見ると、院長以上に震えていた。きっとサンという名前を新しい子どもにつけたという、最悪の想像でもしているのだろう。

 

 この孤児院では同じ名前の者は居ない。もし、いたとしたら消される。同じ名前をつけられたという事は、既に居る者は要らないと院長に認定されたとして殺されるのだ。別に殺されるが怖いのではない。もう二度とお父様のために役に立てない、褒められることもない。

 

 それが怖いのだ。アンだってみっともなく嫌だと言って、穴という穴から聖水をたれ流すかもしれない。

 

 

 

 冷や汗がたらりと額から流れる。緊張の一瞬、全ての時間や概念がゆっくりと流れている気がする。陽の光がいやに眩しく感じる、刻々と流れる時間の中でついにその緊張感にも終わりが訪れる。

 

 

「サンはスラムで子どもみつけてきて、アンは私についてきて」

 

 

 アンはお父様の命令はサンを消せというものではなかったということに少しだけ安堵し、サンと共に声をあげる。

 

「「はッ!! 勅命賜りました、これより行動にうつりますッ!! 」」

 

 

 そう伝えると彼は何事もなく終わっことに安堵しつつ、孤児院の中にある馬車小屋の方へ歩を進める。

 

 

 アンの命令は共に来い、これはよくあることなので何事もなくそれを受け入れた。たしかにサンと一緒に呼ばれるのはあまりないことではある。しかし、サンはそれまで院長である彼しか行っていないことを任された。彼自ら子どもを選択するのは将来有望で選ばれし人物を見つけるためだと孤児院の子ども達から信じられている。事実、孤児院の皆は才能や容姿に優れているのが何よりの証拠だ。

 

 アンはふと気づくと、隣から凄い熱量の覇気が吹き出しビリビリと壁や床を揺らしているのを感じた。その覇気で一瞬気圧され数歩後ろに後退する。そして、サンの狼のように前に伸びた口から再び牙が覗き、今か今かとその時を待っている。そんなサンを見て大声を出すのではと、容易に想像できる。

 

「──アン!! 父上は僕に子どもを…… スラムから子どもを連れてこいと命令されたッ!! それがどういうことだか分かるか?? 僕をお前よりもあの帝国の鎧娘よりも!! 信用にたる存在と認めてくれた事に他ならぬ!!」

 

 チッとは舌打ちをする。それは事実上、アンの中ではサンに信頼度もしくは、観察眼に関しては負けているということに他ならない。

 

 何も言い返せない。サンの血湧き肉躍るような表情を浮かべるなか、対称的にアンはギリギリと拳を血が滲むほど握りこむ。

 

「クソ犬……今に見てなさいよ…… 確かに、今回は負けを認めるわ。でもね、この任務で私は活躍してあんたを越すわ」

「ふん、これこそが負け犬の遠吠えと呼ぶのだな。まぁ良い、これから父上の御命令通りに行動を開始する。お主も父上の身をしっかり御守りするのだぞ」

「言われなくて分かってるよ、はやく行きなさいよ」

「ではな、任せたぞ。それとその怖い顔で父上に会いに行くなよ、今にも人を殺しそうな眼をしているぞ」

「笑顔よね笑顔、それは私が一番分かっているわ。さっさと行きなさい」

 

 そんなアンの言葉を最後まで聞かずにサンは己の仕事を全うするために行動する。しかし、そんなサンの黒い尻尾は左右にふわふわと揺れ感情が収まっていないことは一目瞭然である。

 

 サンが去った後、アンは一人で孤児院の窓から空を見上げる。照りつける太陽の中、思い出すのは昔のことだ。

 

 ◆◆◆

 

 

 あの日は今日のようによく晴れて良い天気だった。こんな汚い私が死ぬのには、もったいくらい晴天だったから良く覚えている。

 

 

 私はまだ8歳くらいで既に路頭で死にかけていた。ゴミ溜めに生きる子どもには良くある事だ。

 

 このカースト最底辺のスラム街では周りを見渡せばすぐに私みたいな子どもが見つかる。しかし、国も誰も助けてはくれない。誰もが大人の喰い物にされその命を散らす。

 

 そんな子どもを救おうとした馬鹿な貴族もいたらしいが、すぐに周りの住人に狂った笑みを浮かべられながら殺されていたらしい。それが普通、それが世の中の真理。

 

 

 

 そんな私の親も、周りの汚い大人と同じだった。親なんて私を金を稼ぐ道具としか思っていなかったのだろう。私の体を変態相手に売っていた、勿論最初は抵抗したがすぐ無駄だと気づいた。殴られ蹴られ貪られた。

 

 今思えばそういう性癖だったのだろう、私の顔は腐った魚の腹の様に、腫れ上がり見る影もない。そして私の身体は相手の体液、私の体液が混ざりより醜いものとなっていた。

 

 そんな私も両親にもう使い物にならないと思われたのだろう、ゴミだか家だか区別もつかないがその辺のものと一緒に路地裏に投げ捨てられた。

 

 

 ようやく私は死ねると思った矢先に、足音が聞こえてくる。死神の足音に聞こえたよ、何も抵抗できないくらいに弱っていたし、早く殺してくれとも思っていた。

 

 その男は死神ではなかった。フードを目深にかぶりちらりと見えた横顔は、不思議な漆黒のような髪と眼の色をしていた。そして、男は微笑んでいた、こんな私を見て慈悲深そうに笑っていた。

 

 今思えばこんな掃き溜めの最底辺の街では、見れない笑みだったと思う。

 

 ともかく私は最初にまた、アイツみたいに犯すのだろうと思っていた。でも違った、男は私の為に魔法を使って傷を治してくれたり体を綺麗にしてくれたのだ。

 

 魔法を使える人は珍しくはないが、それでも何の対価も無しに魔法を使ってくれる人は珍しい。

 

 そして回復魔法というのは、とても痛いものだと聞いたことがあったがその男の回復魔法は全然痛みを感じなかった。その時は変な『サイボウブンレツ』という謎の呪文を唱えていたので、それが影響しているのではないかと今は思う。

 

 こんな何の価値もない私に魔法まで使ってくれるなんて。急に私の目の前が霞み雫がこぼれ落ちた。涙だ、もう涙なんて出ないと思ったのに……。もうそんな機会もないと思ったのに…… 。

 

 

 少し冷静になって男を良く観察してみるとこの辺りの人間ではないように見えた。しかし、歩く速度や把握している道はこのスラム街の住人にも見える。スラムの住人ならば私を助ける必要はない。あぁ、治った私を拠点で犯す可能性もあるのでまだ油断は禁物だけど、抵抗する気力はもうない。でも、でも自然とこの男がそんな事をするようには思えなかった。

 

 

 そんな男に半日以上連れられて歩いた。そこはスラム街よりも外れも外れ、辺境の地にある大きな塀がある家だった。恐る恐る声を出して男に聞いてみる。

 

「あ、あの。私はこれからどうなるんですか……?」

「君はここで、みんなと一緒に暮らす」

 

 男はゆっくりと単語単語を繋げて話してくれた。

 

「みんなと暮らすってみんなって誰ですか?」

「みんなはみんな行けばわかる。あと君に名前を付ける、君は今日からアンだ」

 

 男はそんな私に笑いかけながら、頭を優しく撫でてくれた。両親にもそんなことはされたことはなかった。人の手ってこんなに、こんなに……暖かかったんだ。名前? 今まで名前なんて大層なモノはなかった、ようやく私が私になれた気がした。

 

 ドクンっと心臓が高鳴り彼という沼にはまった気がした。そんな私の顔は涙でぐしゃくじゃになったけど、たぶんもう酷いことはされないと確信した。ここから私は始まるんだと。

 

 

 これが私──アンと院長との出会い。

 

 

 

 昔のことを思い出しアンはあの日のお日様のように微笑む。しかし、彼もアンも気づいているだろうか、 名前とはヒトが最初に貰う『呪』なのだということに


どうでしょうか?これからこんな感じで進めていきたいと思います。

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