「頑張って」と言えなくて。
とうとう当日の朝。早起きして指示通り、手術時間の少し前病院入りしました。
夫は特に変わった様子もなく検温や血圧測定を受け、時間になると看護師たちさんとともに私と夫も手術室まで歩いて向かいました。
「では、ご家族の方はここまでですので、病室でお待ちくださいね。」
ドアの前に着いた時に看護師さんに言われ、いよいよなんだと胸が締め付けられる思いでした。夫も口数が減っていたところを見ると、内心は不安だったのかもしれません。
看護師さんとともにドアの向こうに足を踏み入れてから振り返って手を振った夫。私は無言で手を振り返すことしかできませんでした。
「頑張って」なんて言ったら、大げさだって怒るかも、とか、今、言葉を発したら泣いてしまうかも、とか色々な思いから、声をかけられませんでした。これから始まる手術は、麻酔の時間も含めて三時間の予定。三時間後、ちゃんと会えるはず。手術そのものはそれほどリスクは高くないと聞かされていても、不安が止まりませんでした。
ドアが閉まってから、涙が頬を伝いました。せめて「頑張って」くらい言えば良かった。怒られても、言えば良かった。そんな後悔と術後の不安で、涙がボロボロとこぼれてきました。声を殺すことはできても、涙は止まりません。そんな時、ふわっと肩を抱き寄せてくれた方がいました。同じようにご家族が徒歩で手術室に入っていくのを見送られていた女性でした。
「大丈夫よ。ここの病院の先生は良くしてくださるからね。」
腎臓を摘出すること、術後の経過への不安、子供たちの将来への不安を、この初対面の方に思わず涙ながら話すと、彼女も涙ぐんでいました。
「そんなに大きなお子さんがいらっしゃるのね。大丈夫よ。お子さんたち、きっと助けてくれるから。大丈夫。」
彼女は私の肩をまた抱き寄せて、大丈夫と繰り返して、一緒に泣きました。
不安なのは私だけじゃない。彼女も不安なのに。




